なぜ浜松にアマチュア(ビッグ)バンドが多いのか
という命題 **** が最初からあったわけではありませんが **** 98年10月後半

安藤さんの初々しい挨拶メールに・・・伊藤さんがツッコミました、なぜ静岡にバンドが多いのか?・・・そこにオリエさんから浜松の楽器会社の所為では・・という横ツッコミがありました。そして塚本さんから浜松のビッグバンド事情についての説明が出ました。遠州弁が味噌です。

確かに今調べますと 浜松市は音楽を町の柱にするというお考えのようです。 お時間があれば浜松市の立派なホームページをご覧ください・・・・・ http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/bunka/mc_00.htm


@安藤さんからのメール A伊藤さんからのツッコミ B藤山織江さんからの横ツッコミ
日時 : 1998年10月26日 21:28
件名 : 自己紹介させて頂きます!
ギャラクシーメンバーの皆様
拝啓
安藤と申します。先日は、大事な練習にもかかわらず見学させていただきまして、ありがとうございました。また、どこの馬の骨ともわからない私を気持ち良くメンバーに加えて頂き、二重の喜びでした。
楽器歴は、ボーイスカウト鼓笛隊のコルネットから始まり、中・高校時代は吹奏楽部、大学時代はオケとラッパしかできない人間です。でも、キャリアだけでして、全て自己流の演奏技術ですので皆様には本当にご迷惑をおかけするかと思います。なにせ、スイングのリズムは高校時代に少しビッグバンドをやって以来ですので、ついていけるでしょうか。(楽器も約10年ぶりです)
こちらに来てまだ7ヶ月ということもあり、まだよくわからないことも多いですが、会社以外の人たちとふれあえて、楽器を通してアンサンブルできることが、非常にうれしく思います。
次回の練習日31日は楽器を持っていきたいと思っていますが、まずは毎日ロングトーンしてみます。もしご迷惑でなくて、パートの空きがありましたら、練習だけでもちょっと参加させてください。その後の宴会の方が得意ですので、そちらもよろしくお願い致します。
では、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
敬具
日時 : 1998年10月27日 19:08
件名 : まとめてレス

伊藤です。まとめてレスします。
1.安藤さん入団おめでとうございます。
日本のアマチュアバンドを見ているとさすがに静岡県(特に浜松)が段突に多いのですが、静岡県では何か奨励制度があるのですか。
ちなみに大阪府では毎週土曜日にTVによる通信講座があって大阪人としての生き方を学びます(吉本新喜劇ともいう)
日時 : 1998年10月27日 13:05
件名 : Re: まとめてレス

伊藤さん
非常に興味深いお話です。

これは浜松に日本楽器製造(ヤマハ)という会社がある為だと思われます。浜松駅の構内に楽器の展示をしているという傲慢な企業です。タクシーにのっても「うちの息子がヤマハに勤めててね・・]遠鉄デパートの食品売り場で「うちの嫁の兄がヤマハにおって・・・」と、いう具合にそれはそれは。。。
ですから、必然的に音楽振興が盛んになるわけです。私は浜松の人間ではないので遠州弁でうまく説明できないのがくやしいです。
藤山
浜松の場所 浜松市の市章
C塚本さんが語る 浜松ビッグバンド事情 と 遠州弁
-----Original Message-----
差出人 : I.TSUKAMOTO <tsuka@link.net.id>
日時 : 1998年10月27日 13:21
件名 : JAZZの街、浜松(長文)Re: まとめてレス(超お暇な方に)

TB塚本です。
浜松にBANDが多いのは藤山さんの言われるように YAMAHAがあることと河合楽器や鈴木楽器があること、それにハイテク分野の工場が多いからです。 学生の時のBAND経験者が次から次へとどんどん流入してくるからです。

静岡県には現在アマチュアBIG BAND連盟に加盟しているBANDが約15ありますが、全体では推定で20以上あります。そのうち浜松だけでも5から7あると思います。浜松でのBIG BANDの創始時期は1970年代で「JAZZ RIVERS」と「BLUE NOTES」という2つのBANDが できました。どちらもリーダーはYAMAHAの社員です。

「JAZZ RIVERS」は浜松工業高校の吹奏楽部OBが主体としてできたBANDです。浜工といえば全国吹奏楽コンクールの常勝校ですからテクはありましたね。 リーダーのTPの内藤さん(1949年生まれ)はお相撲さんのように立派な体格ですがプロ並みのハイノートと とても繊細なアドリブSOLOで浜松市民の間では有名でした。楽器の開発製造に携わっているだけあってマウスピースは何種類ものやすりを使い分け自分の唇に合う形に改造してしまうというすごいおっさんでした。 70年代後半に渋谷のYAMAHAに転勤になってしまったので それからBANDは一時期停滞しましたが、まだ活動は続いています。

一方「BLUE NOTES」は原田さん(1950年生まれ)が 静大工学部在学中に結成したBANDで、大学の吹奏楽部経験者を集めたBANDでしたから4BEATのノリが悪く当初はあまりぱっとしなかったようです。
しかし、彼がYAMAHAに就職後、YAMAHAの社員は勿論、ハイテク産業に集まる学生BAND経験者を次から次とスカウトしていったのでみるみるうちにうでをあげました。サンバや16BEAT、FUSIONを多く手がけ、アンサンブルはイマイチでしたが、うまいSOLO中心のBANDに仕上がっていきました。1980年代にはアメリカのJAZZ FESTIBALにも出演するほどで、今だにリーダー共に健在です。毎年のリサイタルは司会がJAZZ評論家でがまみたいな顔をした何とかさん(度忘れです)。VOCALに阿川泰子が連続して出演するすごいBANDです。原田氏はYAMAHAで金管楽器の開発設計をしておりYAMAHAの朝顔の曲線などは彼の設計によるものが多かったと思います。

加えて、浜松はどんなコンサートでも客が一杯になるほど、市民が音楽好きですからどんどんBANDができても不思議はないですね。最近は毎年JAZZ FESTIBALもありますし、プロによるクリニックもあり、環境としても JAZZ文化が自然に育っていく、うらやましい限りです。

ひとつだけいけないのは藤山さんのいわれる「遠州弁」(通称浜松弁)でバスに座っているかわいい女子高生が「いくらー」(行くでしょうね)「いくにー」(行きますよ)「そうだに」(そうでしょう)と話すのを初めて聞くひとは、まず放心状態になるでしょう。

浜松以外にも島田、焼津、静岡、富士、沼津にもBIG BAND があるのは吹奏楽のレベルが高いのも要因だと思います。大学対抗BAND合戦で優勝した1970年頃のハイソには有名TBの上田さんが、対抗する慶応ライトには名リードTP斎藤さんがいてお二人共に沼津東ご出身だったと思います。

長くなりました。静岡に関するお問い合わせでもあり、でしゃばらせて頂きました。おつきあいテリマカシ。
TB塚本
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おしまい