第1話グラデ左 グラデ右プロローグ

 ヴィンテージレッドのRX−8。
 その流線形の車体には似つかわしくない、道の右から左を往ったり来たりと、どことなくぎこちない運転に、助手席に座るかつての「リーダー」飯田圭織はずっと進行方向を凝視してハンカチを握ったままだ。山がほんのりと秋色に染まりかけていることを確認する余裕すらない。

T E N

 20世紀から21世紀の変わり目、日本はとあるアイドルグループに釘付けになる。
 モーニング娘。
 一番若い12歳の「少女」から20台後半の「女性」まで最多時にはメンバー数13人まで膨れ上がった彼女たちの一挙一動足を、老若男女は常に話題の種としていた。
 増員と脱退を繰り返し、常にメンツや音楽性の新鮮さを維持する手法を、タレント寿命の短いアイドルに適用。そしてそれは、意図したものであるにしろ無いにしろ功をを奏し、およそ5年という長い期間にわたり芸能界の第一線で活躍するにいたった。
 だがそんな彼女らを今もなお語り継ぐ者が、もっとも避けて通れないのがその「終焉」。
 あまりにも、衝撃的で予期せぬ結末に日本中が愕然とした。

T E N

 その当事者であるモーニング娘。のメンバーが、最後のリーダー飯田の呼びかけにより5年ぶりに一同に会することとなる。
 場所はA県山奥にある古びた洋館。
 時は9月23日(祝日)。
 都心からは車を5時間も走らせなければならない位置にあるため、飯田たちは前日にいったん麓の港町の民宿に宿泊しそれから会場へ向かうことにした。それなら2時間弱で目的地までには着く・・・という計算だったが、朝早く出発してすでに4時間が経過している。自動車免許を取得していない飯田は、運転手にこの娘を選んだことを猛烈に後悔していた。
 それを察したかどうかはしらないが、車は徐々に減速したかと思うと山道の脇でエンジンを止めた。

「飯田さん、まだまだ到着しそうにないですから旅館のおばさんに貰ったオニギリとピーナッツでも食べませんか?」
(・・・・・・・・・)
 なんなんだその取り合わせは、と思いながら飯田は睨みつける。こちらはカーブにさしかかる度に、文字どおり手に汗握っているというのに。ハンカチはすでにぐっしょり濡れていた。
 飯田はとてもじゃないが、差し出された食べ物を胃袋に入れるという行為に及ぶ余裕はなかった。これからもこの、罰ゲームような運転が続くと思うと。

 助手席に深く沈み込む飯田。
 FMラジオからは張りのある声のDJが曲を紹介する。

「それでは次の曲は、モーニング娘。っ!
 なつかしいですねー、あれからもう5年もたちました。
 わたし犬神も実は大好きなんですよぉウフフ〜。
 えー今日ご紹介する曲は、その解散コンサートの最後に流れたナンバー。
 聴いてください・・・」
 カーステレオの電光板に、その曲名が表示される。
 運転手のあの娘は、それを見てリーダーの顔色をうかがっているようだ。結局最後まで歌うことができなかった、そして今ではもう歌うことができないその曲をどう思っているんだろう、と。
 飯田もそれを察した。優しい笑みを浮かべながらボリュームまで手を伸ばす。
 その曲が大音響となって車内に流れた。

 本当に歌が大好きだった。歌うことに命さえかけていた、と今でも思う。でも既にその居場所を奪われたことも、飯田は十分理解していた。

T E N

 解散から5年。
 最後のステージに立ったメンバーは13人。

  リーダー・飯田圭織
  サブリーダー・保田圭
  マザーシップの顔・安倍なつみ
  ムードメーカー・矢口真里
  エース・後藤真希
  チャーミー・石川梨華
  天才的美少女・吉澤ひとみ
  カリスマ・加護亜依
  永遠の妹キャラ・辻希美
  遅れてきた実力派・高橋愛
  元気印・小川麻琴
  最強の劣等生・紺野あさ美
  歴代最年少・新垣里沙

 そのうち今日集まるメンバーは9人。

 生きているメンバーはあの一人を除いてすべて集まることになる。

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