第3話グラデ左 グラデ右矢口

 矢口真里は最初、この同窓会に参加する気は無かった。
 飯田からの招待状は、何度もゴミ箱に捨ててはまた拾い上げるということをくり返しているうちにクシャクシャになってしまっていた。
 いまその招待状を鞄の奧に忍ばせながら、RV車で山道を進んでいる。

 あの忌々しい武道館での出来事は、モーニング娘。のメンバー自身にも目に見える形で暗い影を落とした。
 コンサート史上、というより日本犯罪史上希に見る凶悪で甚大な被害・犠牲者を出した「武道館モーニング娘。解散コンサート爆破事件」
 真相は未だに闇の部分も多く、モーニング娘。のメンバーの中にも犠牲者や後遺症を残す者が多かったこの事件の中において、矢口だけは運良く大きな怪我をすることもなくその後も芸能活動を続けることができた。
 小さな身体が幸いしたのか、爆風で遠くまで吹き飛ばされた先が観客席で、観衆がクッションとなってほとんど軽い擦り傷と火傷だけで済んだのだ。

 だが娘。の中でひときわ明るいキャラクターでムードメーカーとしてグループを引っ張る役割を担っていた彼女にとって、この暗い事件によりその後の芸能活動の方向性を大幅に変えざるを得なくなった。
 すでにグループの解散とその後のソロ活動が決定していた矢口のもとには、テレビのバラエティー番組を中心とした出演オファーが殺到していた。当然、矢口自身にもそこに芸能人としての居場所を確保しようといった目論見があった。  しかし例の事件以降、ワイドショーや週刊誌の取材は来ても、バラエティーや歌番組の仕事はぱったりと来なくなってしまったのだ。
 どんなに明るく振る舞っても、大衆はあの悲劇を知ってしまっている。

「運良く生き残ったから笑っていられるかもしれないが、お前を見ると死んでいったあの娘を思い出す」

 モーニング娘。が好きだった者も、そうでない者も彼女に対して抱くイメージは大体同じだった。
 矢口が笑えば笑うほど痛々しく感じる、と。

 そんな彼女のキャラクターと事件の陰惨さのギャップは5年経過した今でも埋まることなく、仕事の質は娘。時代とは比べものにならないほど、落ちてゆく一方だった。
 先日はついにテレビショッピング司会のオファーが来た。ギャラも悪くはなかったが、事務所側に無理を言って断ってもらった。
「でもねぇ真里ちゃん、このまま露出が減るとヤバいよ」
とマネージャーにも言われた。
(別に誰を恨むわけでもないけど、自分の現在置かれた境遇はメンバーも分かっているはずだ。あの輝かしいスポットライトを浴びることなんて、今となっては到底かなわない夢と散ったんだ。今、なぜその一番輝いていた時代のメンバーが集まって古傷を舐め合わなきゃならないんだ。冗談じゃない。
 同情だけで、芸能界は続けていられない。
 あなたたちは芸能人でなくなったのだから、そんな私の想いにまで気持ちが回らないだろうけど、もう二度とあの時のメンバーだけで集まることなんて、私は御免だ。)
 そう思っていた。思っていたのに、今、その同窓会に参加しようとしている矛盾。
 矢口は険しい表情のまま、ハンドルをギュっと握りしめた。
 後部座席でいびきをかいて寝ている安倍を、なるべく気にしないようにして。

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