第4話グラデ左 グラデ右吉澤と石川

 同窓会の集合時間は午後4時となっていたが、時計の針はまだ1時を差したばかり。
 ただ一週間前から石川と加護が2人きりで屋敷に住み込んでいるため、事前に連絡を入れれば来る時間は別にいつでも問題ないとは、2通目の招待状に書いておいた。
 しかし、お昼前に到着すると今朝電話してきたリーダーたち以外に、今のところそういった連絡は受けていない。

 結局、その飯田もいまだに到着していない。
 この山道、数キロにわたり店も民家も何もない。
 石川は、あの二人を心配した。

「お昼ごはん、何食べたんだろう・・・?」

 そんなことを考えながら昼食の後片付けをしている石川だったが、皿洗いが終わり水道の蛇口を締めた瞬間に玄関の呼び鈴が広い屋敷内に鳴り響いた。

(やっと来たみたいね、リーダー)
 そう思いながら、石川はエントランスへと走った。

 玄関口には白いスーツに赤いバラの花束を抱えている、ホスト風の男が立っていた。
「ビクッ」と一瞬石川は身構えたが、よく見るとそれは男ではない。
 あの曲。
 初めてセンターを努めた、あの曲での彼女は本当に輝いていた。

「よっすぃー!!」
 石川は、急いで駆け寄り再会の抱擁をした。
「何?何?何? この格好!?」
 抱きしめながら、何度も小刻みなジャンプをくり返す。
 興奮した石川は、吉澤ひとみの身体のあちこちを触りまくった。
「いやぁ、これが普段着なんだけど・・・」
 サングラスを外しながら吉澤はやれやれ、といった表情を浮かべる。
「もうっ! 今日は仮装パーティじゃないのよっ!」
 と相変わらずの女の子らしい仕種で胸を小突く。
 ・・・そうゆう石川もメイドみたいな格好してるじゃねーか、なんかフリルフリフリでコミケ会場にいそうだぞ、と吉澤は思ったがけっきょく口にすることはなかった。
「ちょっと待ってね、今あいぼん呼んでくるからっ!」
「俺の他には誰も来てないわけ?」
「ううん、よっすぃーが今日は最初」
 そう言い残して石川はタッタッタ、と玄関を出て屋敷の裏側の庭園に走った。
(変わってないなぁ、石川も・・・)
 あの事件以降、変わること余儀なくされたモーニング娘。メンバーの中で、最も周囲を驚かせる変化を見せたのがこの吉澤だった。

T E N

「私、吉澤ひとみは男になります」

 事件から半年後、マスコミ各社に送られてきたFAXには、そういう書き出しで始まっていたという。
 あの時の爆破事件で吉澤も重症を負った。
 命があっただけでもマシ、というくらい身体中に深い傷や重度のヤケドを負い、完治後もいくつか傷痕は残ってしまうと診断された。不幸中の幸いと言うべきか、プロデュースのつんくに「天才的にカワイイ」と言わしめた顔だけはなんとか無事だったものの、その日に吉澤はスターとしての自分と、女としての自分を同時に失ったのだ。
 そんな彼女だったが、当時は他にも同情されるべきメンバーがたくさんいたため、特別クローズアップされるということなく、そのまま芸能界も引退するというのが一般的な見方であった。
 そんな折りの突然の「男宣言」。
 FAXの内容を要約すると、この怪我をきっかけに生まれ変わりたい、以前より憧れていた男という存在、そして自分が性転換することによって、心に傷を負っている多くの人を勇気づけたい・・・。
 当時のこの「宣言」は賛否両論を呼び、その話題性という点では解散後メンバー中で最も注目される存在となった。

 現在でも「元アイドルの男装タレント」という全く前例の無い経歴を持つ芸能人としてちょくちょくテレビに出演し、また週末には自分がオーナーの新宿二丁目のおなべバーに顔を出し、店はそれなりに盛況している。
 石川に言った「これが普段着」は決して冗談でも何でもなかったのだ。

 今でも底意地の悪い週刊誌やネットでは「頭の打ち所が悪かった」とまで言われる。当の吉澤は周囲の喧騒などはあまり気にしないように努めた。
 あの事件、そして大切な仲間を失ったこと。
 どこかでモーニング娘。だったそれまでの自分の人生をリセットしないと、狂気に陥ってしまうかもしれない、と吉澤は無意識のうちに感じていた。
 そう、あのメンバーのように。

T E N

「ああ! そうだ、よっすぃ〜!!」
 突然、背中に突き刺さるアニメ声。
「なっ・・・何だ! まだいたの?」
「お腹すいたら、キッチンの冷蔵庫にパスタ入っているから、食べてい〜よ♪」

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