第6話グラデ左 グラデ右石川

 吉澤にひと声をかけたあと、石川は屋敷裏の噴水庭園へと出向いた。
 昼食のあと、無言で外に出ていった加護を探すためである。
 ここにきて一週間。加護は一人になりたい時や石川が家事などで相手にできない時などは、いつもここの庭木に水をやったり、虫を捕まえて遊んだりしている。
 整然とした石畳と広い通路は、車椅子でも移動しやすく加護のお気に入りの場所となっていた。

 加護の心の中はまだ5年前のまま時計が止まっているんじゃないか、と石川は思うことがある。
 年齢的にはもちろん成人を迎えている加護だが、石川がいままで知っているどの大人よりも幼かった。車椅子に常に座っているゆえに、背の高さが分からないこともあるいは影響あるのかもしれない。
 初めて二人が出会ったあの最終オーディションが行われた寺院。はるばる奈良から上京してきた加護。周囲が年上ばかりでビクビクオドオド周囲を窺っていた加護。この人里離れた山奥で二人きりで暮らすようになって数日だが、このところ石川はその当時のことばかり思い出すようになった。

「何処なの・・・? あいぼぉん・・・オトコマエのよっすぃーが来たよ・・・」
 裏庭に咲き乱れる色とりどりの様々な植物。
 チョコレートコスモス。アストランティス。ショウメイギク。ルリダマアザミ。
 こげ茶色。白。ピンク。うす紫。
 そこにヒラヒラのカチューシャをなびかせながら、水色のメイド服、派手なフリルのついたエプロン姿の石川があたふたと駆け抜ける。
 その姿はさながら、実写版「不思議の国のアリス」を連想させる。

 花壇の中にはひまわりなどもあり、背の高い植物の陰は加護にとって隠れるのにもってこいだった。
 昨日も、彼女を探して庭をキョロキョロしている石川を後ろから「わっ!」と驚かしたりした。

(ほんとに、あいぼんったらイタズラ好きなところだけは昔から変わらないんだから・・・)
 しかし、今日はどこを探してもその姿を見つけることができない。
(ここじゃないのかしら・・・でも遠くには出たことないし、屋敷の中にいつのまにか戻ったのかな?)
 屋敷の領地の外は、初秋とはいえまだ青々とした針葉樹が山肌を埋め尽くし、雑草も深々と生い茂っている。とても車椅子でしか移動できない加護がいるはずがない。

 と、歩みを屋敷の裏口に向けた石川が、ふと視線だけを裏山に移動させたその瞬間。

 山の斜面にひとりの少女が立っていた。
 深緑色の木々の中で、ひときわ輝く白いワンピースに艶やかな漆黒のロングヘアー。
 背筋をぴんと伸ばし、しかし腕をだらしなくぶら下げて、いまにもにも泣きだしそうな目でじっと石川を見据えている。
 なぜかその時の石川の脳裡をよぎったのは、ヨーロッパから届いた絵はがきで見た大聖堂の壁画。深い森の中に一筋の光が差し込んで、白い衣に身を包んだ天使が羽を広げて今まさに飛び出そうとしている絵。

 だが当然そこに立ち尽くしているのは天使でも妖精でもなく、石川がよく知っている、だけど絶対そこにいるはずのないあの娘。

「のの・・・?」
 辻希美が、そこにいた。

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