第11話グラデ左 グラデ右辻と加護

「なぁなぁ、じぶん名前おしえて」
「・・・つぃのぞみれす」
「辻さんかぁ。
 なんかなぁ、このオーディションで中1ってウチらだけみたいやで」
「まじれすか」
「なんか、ミンナ凄そうなひとばっかりやなぁ」
「・・・」
「メッチャ不安やなぁ、辻さん練習とかは一緒にしような」
「ホンマぁ? やろやろ」
「あはは、関西弁マネせんでもええって。
 ウチな、加護亜依っていうんや。ヨロシクな」
「へぃ! 加護さんれすね!」


・・・・・・・。

(なんで)
 加護は瓦礫の山に半身埋もれながらも、視線の先にある辻の伏せている頭をしっかりと捉えていた。
(なんでこんな時に昔のこと思い出すんや)
 辻の背後には、基材に燃え移った炎がゆらゆら揺れている。
 辻も、辻までもが―――。
 だが次の瞬間、加護はわが耳を疑った。
「ううう・・・あああ・・・!」
 周囲の轟音に混じり聞こえてくる、あどけないうめき声。
 その声の主の上半身が、ごく僅かながら震えている。

  辻が生きている!

 加護は残された気力を振り絞り、腕の力だけでその先を突き進んだ。
 周囲には、爆破の衝撃でちぎれて先が刃物のように尖っている鉄パイプが無造作に飛び出している。床には、粉々に砕けたスポットライトのガラス片などが無数に散りばめられている。
 しかし今の加護にとっては、目の前で苦しんでもがいているパートナーの姿しか見えない。やわらかい手のひらも、真っ白なはずの腕も、辻との距離が縮まるごとに赤黒く染まってゆく。
 立って歩くのも難しいこの足場を加護はほふく前進だけで、倒れ込んでいる仲間に手が届く―――5メートル弱先まで突き進んだ。必死だった。

「のの!」
「あ・・・あいぼん・・・?」
 辻は、産まれたての赤ん坊のように重い自分の首を起こした。
 顔はススで黒くうす汚れていたが、奇跡的にもカスリ傷ひとつ負っていない。
「しっかりせぇな! 立てるか?」
 加護は自分が歩けないことなどすっかり棚に上げて、辻の身を案じた。
 だが次の瞬間、加護は信じられない光景を目にする。

 辻のうつろな表情の背後に見える、彼女の足があるはずの部分にボロ雑巾の様に床に散らばっている布。
 それはまぎれもなく、辻の衣装だったものの残骸だ。
 ピンク色のキラキラのラメの入った衣装だったはずが、今は黒と赤がグチャグチャに混じりあった無惨な布きれ。それが、かろうじて辻の腰から下にまとわりついているようにしか見えない。
 そしてその布には、今なお赤色の液体が次々と染み込んでいるようだった。

 あの爆発で辻の脚は、完全に吹き飛ばされていた。

  なんで―――。
  私たちが何をしたっていうの―――。

 加護が絶望に打ちひしがれたその時だった。

「あ・・い、ぼん・・・」
「!?」
 信じられないことに辻は笑って、加護の血まみれの手を握りしめてきた。
 あれだけ泣き虫だったはずの、辻が。
 もちろん意識が朦朧としているのが、その表情からも読みとれる。
「つ、つぃは・・・あいぼんに・・・あやまらなきゃ・・・」
「のの、喋べんな! もうすぐしたら誰か助けにきてくれるから!」
「なあ、あいぼん・・・こなぁいだ、ひどいこといって・・・ごめんら・・・」
「アホぉ! こんな時に何ゆうとんのや!」
「ゆるして・・・くれる?」
「あたりまえやろぉ!
 何を・・・何を・・・あれは・・・あれはウチが・・・」
「れへへ・・・よかったぁ・・・」
 加護の小さな瞳から、堤防が決壊したかのように涙が溢れ出てきた。
 なんてつまらないことに意地を張ってきたのだろう。

 徐々に辻の息づかいが荒くなる。

「あいぼん・・・これからも・・・ずっと・・・いっしょに」
「ああ! 一緒や! ずっと一緒に歌っていこうなぁ!
 だから・・・だから・・・」
「つぃは・・・つぃは・・・あいぼんと・・・むすめをやれて・・・」
 か細い声でテヘヘ、と辻は笑った。
「たのしかったれす」
 加護は握りしめている手がすう、と弱まっていくのを感じた。
 辻はまるで眠るかのように、加護の手に静かに頬を寄せて目を閉じた。

 そして、その言葉を最期に辻希美が目覚めることはなかった。

「ののぉぉ!!」
 加護な何度も何度も、のの、のの、と叫んだ。
「たった今ずっと一緒やゆうたやないかぁ、のの・・・そんなぁ・・・のの・・・先に死ぬやつがおるかいなアホぉ、のののアホぉぉ!!」
 あとは、ただ辻の額によりかかり泣き崩れるだけだった。
 加護の記憶はそこで途切れている。

T E N

 辻を更衣室の前で振り切ったあのあと、加護はロッカーの中に頭を押し込んで声を殺して泣いた。
 ステージ上でモーニング娘。ラストソングを歌いながら、辻と共に歩んだこの数年の道のりを思い出して泣いた。
 そして目の前で見届けた、最期の最後まで自分を想っていてくれていた親友の死に―――。

 こんなに涙を流した日はなかった。

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