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「ののぉ、生きていたんだね・・・」深い薮をかき分けながら、山の斜面を一心不乱に駆け登る。 「ねえ、何で逃げるの・・? 私のこと忘れたの・・・?」スカートから覗く華奢な足に、容赦なく自然の厳しさが切りつける。
洋館(つんく邸)の裏山で死んだはずの辻の姿を見つけた石川は最初、自分の目がおかしくなったのではと思った。
それでも石川は構わず追い続けた。
いつの間にか目の前の木々がぼやけている。石川の瞳に、とめどなく溢れてきた涙のせいだ。
日本武道館爆破事件では、石川も地獄の苦しみを味わったのである。
ファイナルライブ。
私は保田さんとかに比べたら、そんなに上手くは歌えないけれど。
なにが起こったかわけが分からないまま、周囲を見渡すとサカナの目をした男たちに取り囲まれていた。
石川は右手に持っているマイクを口に近づけさせようとしたが、その腕に何か上からずしり、と重石のようなものが乗せられた。 「いやああああああああああ!!!!」石川の悲痛な叫びが武道館内にこだまする。 スピーカーからの、けたたましいハウリング音。 くすぶっている炎。スポットライトが、火花を散らして砕ける音。 逃げる者、邪魔する者と、その闘いに敗れた者。誰もが冷静さを失っている。 会場を包んでいるのは、本性をむき出しにした獣たちの咆吼。 悲劇のオーケストラは第二幕を迎えた。
だが、石川が一糸まとわぬ姿を―――先ほどまで感動を共有していたはずの―――男たちにむき出しにしたこの期に及んでもまだ、右手に握りしめたマイクを離そうとしない。
身体中が熱い。
・・・しかし、まだコンサートは続いている。
他のメンバーが歌っている姿が、石川の目の裏に焼き付いている。
どれたけの時が過ぎていっただろう。
ある隊員が発見した時、石川は観客席の影に生まれたままの姿で仰向けで大の字になっていた。
石川は武道館の直線的な天井をうつろな目で見つめながら、ぶつぶつなにか呟いている。
あんなことさえなければ、辻は今も笑顔で私に話しかけてきただろう。
何かが、完全に狂ってしまったあの瞬間。
「りかちゃーん!」石川ははるか遠くから聞こえてきた耳慣れた声に、ハッと目が醒めた。 「なんでそんなところにいるのォ〜!?」 「あいぼん・・・」石川がさっきまでいた裏庭の石畳の上に、車椅子から飛び出さんばかり に身を乗り出して手を振っている少女が、豆粒のような大きさだけど見える。 (いつの間にこんな高いところまで登ったんだろう・・・?)無邪気なその姿を見て、石川はさっきから背中にずしりとのしかかっていた 黒くてドロドロしたものが、少し、ほんの少しだけど取り払われたような気が した。 |
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