第14話グラデ左 グラデ右後藤と加護

  なんで? どうして?

 様々な感情が沸き上がり、頭の中で爆発した。
 パニックになった加護を支える程の体力はそのとき残されていない。
 そのまま窓の外へ崩れ落ち、気がついたときにはもう必死に窓縁(まどべり)にしがみついている自分がいた。

 加護はありったけの声で泣き叫んだ。
 痛いのと悲しいのと恐怖と切なさ―――そして喜びが入り交じった叫び。

 驚いたのは後藤である。
 新鮮な空気を吸おうと外に身を乗り出したら、隣室の窓から見知らぬ少女がぶら下がっていたのだから。
 墜ちたら確実な死が待ちかまえている、6階の窓から。
 慌てて後藤は看護婦を呼び、病院中が大騒ぎになった。
 間一髪のところで病室のドアを蹴り破って駆けつけた若い医師が、死の淵に面している加護をすくい上げた。
 その時点で、加護の計画はご破算に終わった。

 加護はこっぴどく叱られるかと思ったが、母親に無言で抱きしめられただけに終わった。
 それに、加護にはもうすっかり「そのこと」をする気は失せていたのだ。

 知ったことがいくつかある。
 第一に、後藤は事故のショックで自分の名前すら思い出せない程、重度の記憶障害に陥ってしまったということ。見舞いに来た、弟のユウキを見て「あ、おんなじ顔」と言ったぐらいである。当然自分が芸能人だということも、爆破事件のことも一切思い出せないらしい。
 第二に、後藤自身、身体的には完全に快復しているものの、脳波の検査にまだだいぶ時間がかかるらしく、最低あと1週間は入院するらしいということ。
 そして最後―――第三に後藤は入院以来、ずっと加護の隣りの病室にいたということ。

 それから後藤は、毎日加護の病室に遊びに来るようになった。
 彼女自身も、この入院生活に退屈していたらしい。加護と違い自分で自由に歩き回れるにもかかわらず、病院の外に出るのは固く禁じられていたからだ。
 加護が後からマネージャーに教えられて知ったことだが、病院の外には容態を知らされていないファンが常に何人か待ち続けているという。もちろんそのことは、後藤自身知るよしもなかったのだが。
 そんな状況で記憶を失っている後藤がふらりと出ていけば、双方にとって大きな混乱が引き起こされるのは容易に想像できた。
 後藤はモーニング娘。時代の記憶も一切ない。スーパースターの道を着実に歩んでいただけに、事務所はこの事件においてことさら後藤に関しては慎重に事を進めているような空気を加護は感じた。

 加護にとっては、後藤が記憶を失っているということは(不謹慎な表現かもしれないが)むしろ都合がよかった。芸能人だったころの話をすれば、必然的に爆破事件の話になる。加護が今一番思い出したくない過去。
 後藤もその加護の気持ちに薄々感づいているらしく、遠回しに芸能人だったころの自分はどんな様子だったかを訊くことはあっても、決してメンバーのことなどに深追いはしない。だから、退院したら南の島に行きたいとか、ソフトクリームが食べたいとか、そういったたわいもない話に終始した。

 加護は徐々に生きる力を取り戻していった。
 アイドルだったころの持ち歌を後藤に唄ってみせて、うるさいと看護婦に叱られたときは二人で顔を見合わせて大笑いした。
 もはや二人は、モーニング娘。メンバー同士だったとき以上の強い絆で結ばれるようになった。

 そのうち、あの事故にあったメンバーのうちの何人かが加護と後藤の病室を訪問するようになった。
 比較的浅い傷で済んだ矢口。
 松葉杖をつきながらも、訪れてくれた安倍。
 それに、かつてモーニング娘。の一員だった市井や中澤も。
 プロデューサーのつんく♂。
 二人の仲のよさに、皆びっくりして帰っていった。
 しかしどのメンバーに逢っても、結局後藤が記憶を呼び覚ます引き金にはならなかった。

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