|
|
|
「あの事件を忘れるために、一心不乱で勉強しました」紺野あさ美は、とある週刊誌のインタビュー記事にこう答えていた。 「あの事件」とはもちろん武道館爆破事件であり、この記事の見出しには「仲間の死を乗り越えて・・・元モー娘。の紺野あさ美(18)が見事K大学合格!」の文字が踊っていた。 紺野は事件後、怪我が完治すると事務所移籍という予定を覆してあっさりと芸能界を引退。地元北海道で普通の高校生として生活するという道を選択した。
新メンバーとしてモーニング娘。に加入した当初から特異なキャラクターで周囲を振り回してきた彼女だったが、解散後ただの一学生に戻ってからはそのイメージを払拭するのにかなり苦労した。
しかし福田と紺野の決定的な違いは、福田は脱退後も娘。の虚像がどんどん膨張していき、それが常に本人につきまとっていたのに対し、紺野の場合はあの事件により完全に娘。そのものが消滅、修復不可能なまでに散開し「妄想」や「憶測」という形でしか存在し得なくなった。
そんな折、東京の私立大学に通い始めるようになって(二度目の上京になる)数年、ほかのメンバーとは年賀状程度のやり取りしかなかった紺野だが、音信不通だった元リーダーの飯田から唐突に一通のメールが届いた。
紺野は、リーダーのその後を知っていた。
次の日大学キャンパスに現れた飯田は、タイトジーンズに黄色いフリース。いかにも学生を意識した飾らないスタイルだが、着こなしが違うのか周囲の大学生の中にあって、あきらかに異彩を放っている。周囲の誰かを掴まえて、彼女がファッションモデルだと告げれば信じるだろうし、事実飯田は解散直前には雑誌を中心にモデルの仕事もいくつかこなしていた。
モーニング娘。メンバーの頃からずっと変わらぬロングヘアー。解散時には茶色に染めていたが、目の前に現れた飯田はまた黒くて艶のある髪に戻っていた。切れ長のサングラス。腕の中にすっぽり納まるスケッチブック。
“ひさしぶりね こんの”
そう書いた画用紙をバリっと引き裂いて、紺野の前に掲げた。 (おひさしぶりです、リーダー)紺野は目の前で左手の甲を外に向けて指を広げて立て、右手の人差し指で左 手の親指側から一定の間隔をおいて二度ほど上に弧を描きながら右に動かす動 作をした。 (なんだ、しってたんだ)飯田もそれに対する返答として、指を少し曲げた右手をこめかみ横におき、 前方に回転させる動作をした。 |
|
|
next to ... 第17話 飯田 |
|
|
最初に戻る ■ トップページ |