第16話グラデ左 グラデ右紺野

「あの事件を忘れるために、一心不乱で勉強しました」
 紺野あさ美は、とある週刊誌のインタビュー記事にこう答えていた。
「あの事件」とはもちろん武道館爆破事件であり、この記事の見出しには「仲間の死を乗り越えて・・・元モー娘。の紺野あさ美(18)が見事K大学合格!」の文字が踊っていた。
 紺野は事件後、怪我が完治すると事務所移籍という予定を覆してあっさりと芸能界を引退。地元北海道で普通の高校生として生活するという道を選択した。

 新メンバーとしてモーニング娘。に加入した当初から特異なキャラクターで周囲を振り回してきた彼女だったが、解散後ただの一学生に戻ってからはそのイメージを払拭するのにかなり苦労した。
 特にストーカーやイタズラ電話・いやがらせの手紙といった手段で、モーニング娘。という虚像を歪曲した形で元メンバーである紺野に対して発散しようとする連中に、随分悩んだこともあった。
 最初にモーニング娘。を勉強に専念するという理由で、グループを脱退した福田明日香はその後見事に志望高校に合格するものの結局は中退してしまった、という話を聞いたことがある。紺野は自分の現状と照らし合わせて、大いに共感した。
 そこには周囲がイメージしている、テレビというフィルターを通して見える自分と現実とのキャラクターが著しく乖離(かいり)しているという問題があったのではないか、と紺野は考える。そしてその紺野にも、常に世間からはテレビの中のような過剰なまでのボケキャラであることを無言で強要された。

 しかし福田と紺野の決定的な違いは、福田は脱退後も娘。の虚像がどんどん膨張していき、それが常に本人につきまとっていたのに対し、紺野の場合はあの事件により完全に娘。そのものが消滅、修復不可能なまでに散開し「妄想」や「憶測」という形でしか存在し得なくなった。
 あとは時間が解決してくれる。そう自分に言い聞かせながら紺野はその軋轢(あつれき)と闘ってきた。
 事件から3年経った頃から、ようやく元モーニング娘。の紺野あさ美としてではなく、ひとりの学生・紺野あさ美として周囲も扱ってくれるようになった。

T E N

 そんな折、東京の私立大学に通い始めるようになって(二度目の上京になる)数年、ほかのメンバーとは年賀状程度のやり取りしかなかった紺野だが、音信不通だった元リーダーの飯田から唐突に一通のメールが届いた。
 紺野はモーニング娘。メンバーだったころから、飯田とは周囲から水と油と評されていた。もちろん立場上飯田がリーダーで紺野はその指示を忠実に遵守(じゅんしゅ)していたつもりだったが、それでもトロい動作やマイペースぶりにいつも気を揉んでいた、という話を他のメンバーづてに聞いたことがある。それだけに、意外な人物からの意外なコンタクト。

 紺野は、リーダーのその後を知っていた。

 次の日大学キャンパスに現れた飯田は、タイトジーンズに黄色いフリース。いかにも学生を意識した飾らないスタイルだが、着こなしが違うのか周囲の大学生の中にあって、あきらかに異彩を放っている。周囲の誰かを掴まえて、彼女がファッションモデルだと告げれば信じるだろうし、事実飯田は解散直前には雑誌を中心にモデルの仕事もいくつかこなしていた。
 5年振りの再会になるが、紺野が見る限り飯田はその時のプロポーションを完全に維持していた。

 モーニング娘。メンバーの頃からずっと変わらぬロングヘアー。解散時には茶色に染めていたが、目の前に現れた飯田はまた黒くて艶のある髪に戻っていた。切れ長のサングラス。腕の中にすっぽり納まるスケッチブック。
 遠目に紺野の姿を確認すると、すかさずそのスケッチブックを広げてサラサラとサインペンで何かを書き出した。その間にも一歩一歩紺野は飯田に近づく。

 “ひさしぶりね こんの”

 そう書いた画用紙をバリっと引き裂いて、紺野の前に掲げた。

(おひさしぶりです、リーダー)
 紺野は目の前で左手の甲を外に向けて指を広げて立て、右手の人差し指で左 手の親指側から一定の間隔をおいて二度ほど上に弧を描きながら右に動かす動 作をした。
(なんだ、しってたんだ)
 飯田もそれに対する返答として、指を少し曲げた右手をこめかみ横におき、 前方に回転させる動作をした。

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