第21話グラデ左 グラデ右小川と安倍

 安倍なつみは、病室で身体中に透明な管を繋がれてベッドに眠る小川麻琴を見つめる。
 小川の母親がそれを見守っている。

 小川はあの武道館の事件以来、5年もずっとこうして横たわったままだ。  ときどき目をうつろに開けることはあっても、そこにいる小川はかつての娘。メンバーだった頃のように踊ったり、笑ったり、歌ったり、喋ったりすることはまずない。一日中、口を半開きにしたまま無機質な病院の天井を見つめているだけ。その状態がずっと変わらないまま、気が遠くなるような時間が過ぎていった。

 そしてその5年間、安倍は女優としての道をひた進んでいた。

 あれほどモーニング娘。時代に笑顔の絶えなかった安倍。どんな時にも前向きに生きることの大切さをその微笑みで伝えていたし、それが初期のモーニング娘。のアイドルとしての人気を支えていたといってもいい。
 しかし、あの爆破事件は安倍からその笑顔すらも奪ってしまった。

T E N

 安倍も事件の精神的ショックで軽い記憶喪失に陥ったものの、後藤ほどの重度ではなかった。何人かのスタッフの名前や、昔の思い出のいくつかが消えてしまった程度で、メンバーや事件のことはしっかりと覚えていた。
 悲しく、つらい、あの日の出来事を。
 安倍は爆破で吹き飛ばされた際に右足を骨折した。復帰には両親の反対もあったが、完治後は芸能活動を続けることを決意。次々と惜しまれながら引退を表明する他のメンバーとは対照的に、多くのファンの喝采を浴びながら芸能界という名の荒野に再び足を踏み入れた。

 しかし解散後ソロCDデビューするという予定をキャンセルし、仕事を女優業一本に絞り込んだ。これにはファンの間でも賛否が分かれた。
 安倍自身ファンが自分に求めているのは笑顔だと自覚していた。歌だけでは、自分の個性を十分にアピールできないということも。
 心からの笑顔を失った安倍が下した苦渋の決断だった。

 安倍は、モーニング娘。時代から女優としての活動は始めていた。しかし役柄は限定されていたし、ベテランからは所詮アイドル女優と陰口を叩かれることもしばしばあった。
 しかし芸能界復帰後の短編ドラマでは(最初の復帰メンバーという話題性だけではなく)切ない演技が評価され、その後も出演をくり返すごとに徐々に女優としての地位は高まっていった。
 あるいはあの武道館爆破事件という悲しい出来事を、観る者はテレビの中での安倍にオーバーラップさせていたのかもしれない。
 その後もテレビドラマ、映画、舞台・・・活躍の場を次々と広げてゆき、今では元モーニング娘。という肩書きがなくても、女優・安倍なつみとしての地位をしっかりと築くに至った。

 安倍は、あの事件後も芸能人として成功し続けている数少ないメンバーのひとりである。

 そんな多忙な日々をおくる安倍だが、わずかな暇を見つけては事件以来意識不明の小川のもとを訪れている。
 他の娘。も事件直後に2〜3度訪問しているが、5年経過した今も必ず週に一度は熱心に訪問しているメンバーは安倍だけである。
 それには理由がある。


 小川は、あの爆破のとき身代わりになって安倍の命を救ったのだ。

T E N

「おかあさん」
 静かにうつむいていた小川の母親は、思い出したように安倍に目を向ける。
「モーニング娘。の同窓会に出席しようと思っています」
「・・・どうして・・・?」
「せめてメンバーだけにでも私の5年間隠してきた罪を分かってほしいんです」
「まさか・・・」
「あのことを、みんなに打ち明けるつもりです」
「・・・」
「・・・」
「あなたがそれでいいって言うんだったら・・・でも」
「私の5年間、いえ、今までの人生そのものを捨てることになるかもしれない」
「・・・」
 そこでまた沈黙が訪れる。
 小川の呼吸音だけが、重苦しく病室に響きわたっていた。

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