第29話グラデ左 グラデ右石川と吉澤

「どうしたんだよ、この脚の傷は!」
 石川は居間にあるこの屋敷で一番大きい階段から、みんなを案内した。加護は「着替えてくる」と言い残して自分の部屋(101号室)に戻っていった。
 この階段は、踊り場で右と左に階段が分かれている。右にいけば東棟の客室(201〜203号室)、左に行けば西棟(205〜208号室)への近道となる。
 2階で一番大きくて唯一バルコニーのある客室である201号室を陣取るのは、リーダー・飯田
 202号室はまだ到着していない安倍203号室には矢口といったように、東棟の客室はモーニング娘。の第1〜2期メンバーで固める。
 西棟の部屋にはそれ以外のメンバーが割り当ててあるのだが、そこへ向かう途中―――正確には階段をのぼる石川を下から見上げたときに―――吉澤は、彼女の華奢な足に切りたての細かい生キズがいくつもあるのに気がついた。
 それぞれのメンバーの部屋を案内するという任務を終えて1階に戻ろうとする石川を呼び止め、吉澤は自分の部屋である206号室に招き入れた。
 部屋に入るなり吉澤はベッドに石川を座らせ、丹念にその脚を調べて発した言葉がそれだった。

 見方によっては恋人同士が愛撫しているようにも見受けられる淫靡(いんび)な光景だが、かつての二人が同じグループに所属する「女同士」だったことを考えると、いやらしさはいくらか緩和される。
 石川は申し訳なさそうに、言い訳する。

「あのお、さっきぃ、山の草むらにいったんだけど・・・」
「おいおい、こんなカッコで山菜でも採りにいったのかよ」
「いや、そうじゃなくて・・・山にあの・・・のの・・・辻ちゃんが・・・いたの・・・」
「はァ!?」
 最後のほうは、つぶやくような小さな声だったため吉澤は聞き取れなかった。
 石川は開き直って、さっき裏庭であったことを話した。

 白いワンピースの辻。
 石川が追いかける。
 さらに深い山奥へと逃げて見失ったこと。

 笑い飛ばされるかもしれないと危惧したが、吉澤は冷静で真剣に耳を傾けてくれたことが石川にとっては意外だった。眉間に皺を寄せて床に視線を落として暫く考え込んでいた吉澤だったが、静かに石川の目を見据えて、確認するように問いかけてきた。

「石川って、オバケとか信じる?」
「もしかしてよっすぃーは、あれが幽霊とでもいう気?
 実際みたことないからそんなこと言うわけ?」
 石川がこれほどまで取り乱したのを、吉澤は初めて見た。
「いや、そういうわけじゃ・・・」
「本当にいたんだよ! なにかを訴えようとしていたんだよ!」
「俺も見たんだ」
「あれは間違いなくののだったって・・・え?」
 吉澤の思い詰めた表情から発せられた言葉に、石川はあっけにとられた。
 この話を聞いて吉澤は、自分がこの屋敷に到着して最初に目撃した白い布の顔は確信に変わった。

 間違いなくあれは辻希美だった。

 吉澤は洋館の誰もいないはずの2階に横切る白い影を目撃し、それは幽霊に見えた。
 石川は深い森の闇に逃げてゆく少女の姿をみて、それを妖精や天使のように感じたという。
 発見した状況が違うだけで、印象はかなり違うが紛れもなくそれは同じ辻の姿だった。

「石川、このことはオレたちだけ・・・」
「わかんない。でも加護ももしかしたら、言わないだけで見ているのかもしれない。ここに来てもう1週間だもの」
「・・・何だと思う?」
「私は、霊とか幻覚とかじゃないと思う」
 しかしあの5年前の武道館爆破事件で、確かに辻はその短い生涯に終止符を打ったはず。
 誰かのイタズラ・・・?
 そんなことをして何の意味があるのか。
 加護が足が不自由でなければそんな悪戯もありえなくもないが、それにしたって趣味の悪い冗談だ。二人の間にもやもやとした黒い霧のようなものが立ちこめる。そんな様な気分にさえ陥るのだった。

 今日は、大切な日だ。
 無闇に他のメンバーを不安にさせたくない。
 とりあえず慎重に二人で話し合った結果、この件に関してはここだけの秘密にすることで落ちついた。

 ふーっ、と大きな溜息をついたあと吉澤は提案する。

「でもこのキズだらけの足は目立つからパンツにしない?」
「えーっと、ハイソックスがあるから、それでごまかすよ」
「・・・たしかにこの美脚のラインを、パンツやロングスカートで隠すのは、もったいない気がする」
「うふふ、よっすぃーったら男の子みたいなこと言うんだね」
 顎を指でさすりながら微笑を浮かべていた吉澤だったが、そう言われてハッとする。
(そうだ。いま石川を一瞬だけど「男の視線」で見ていたような気がする)
 ここに来たら「あの頃の自分」に染まって、女になってしまう気がした。
 そして吉澤もそれでいい、と思っていた。ここにいるのはモーニング娘。の仲間だけ。一夜限りの女の子。
 だが石川を見ていると、自分の中でこの4年の間に芽生えた「男」独特の感情が静かに沸き上がってくるのを吉澤は感じた。
「なあ、もう一度脚見せてみな」
 なぜそう言ってしまったのか、吉澤自身もよく分からない。
 ただハッキリしていることは、今度は傷を見るためではなく純粋に石川の脚に注視するために、そう言ったということだ。
 なんだかんだ、アイドルだった頃は激しいダンスやそのレッスンなどで運動量は相当なものだった。
 歌手活動をやめてからというもの、まあストレスもあったのだろうが吉澤はかなり余計な脂肪が増えた。それを元に戻すために相当な努力をしたものだが、いま石川の足を見てその引き締まり具合に驚いた。
 特に足首。そこから流れるような流線を描いている綺麗なふくらはぎ、艶やかな膝にへと指先を滑り込ませ・・・
「あはは、ねぇよっすぃー、くすぐったいよぉ!」
「ああ、ごめん」
 今の姿から利発な石川はあまり想像しにくいが、このシェイプアップした脚を見ると、引退してから何かスポーツでもやっているのだろうか。水泳とか。テニスとか。エアロビとか。いや絶対やっているはずだ。
 吉澤の疑問がふと、口から漏れた。
「ねえ、なんか・・・石川って運動するの?」
「しないよ♪」
 石川はニッコリほほえみを浮かべ、そう言った。

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