第32話グラデ左 グラデ右加護と飯田

 加護は、自室(101号室)で手こずりながらも一人で花柄のロングスカートと水色のブラウスに着替え居間に出たのだが、まだ誰も上の階から降りてきてはいなかった。
 一人ぽつんと居間のソファを意味もなく撫でているうちに、大時計の鐘が3回鳴り響いた。

 吹き抜けのため1階からでも上の階の客室の廊下などは見えるが、ドアまでは車椅子に座った状態では見えない。その扉の向こうで、久しぶりに再会したメンバーたちは何をしているんだろうか。

(・・・早くミンナ戻ってきてくれないかなぁ)
 加護はこの屋敷に来てから一度も2階より上に登っていない。
 車椅子だからということもあるし、客室中心なので特に用も無いということもある。遊技場もあるが、ビリヤードやピンボール、バーカウンターなど加護には興味のないものばかりだった。

 ここ2〜3日程は石川も来客が宿泊するための準備に追われ、2階の客室に何度も行き来しているのを加護は見た。大変なのは十分理解しつつも、ついつい加護はわざと寂しそうな表情を石川に見せてしまうのだ。

「ごめんね、あいぼん。あんまり相手してあげらんなくて」
「ううん、梨華ちゃんこそがんばってね」
 そしてモーニング娘。同窓会開催日―――9月23日を迎えた。
 せっかく何人かのメンバーが来たにもかかわらず、誰も話し相手がいないという状況は加護にとってあまりにも寂しい。
 まあ吉澤・紺野・高橋は長時間運転してきたらしいので、その疲れもあって仮眠をとっているのかもしれない。石川も夕食に向けての準備で厨房にいるのだろう。となると残りは・・・
 その時、自分がつい先ほど出てきた東棟1階の扉からリーダーが出てきた。
 お互い顔をしかめた。
 飯田は、なぜ加護がこんなところに?といった表情だったし、加護にしてみればこの扉を飯田が使う必要はないはず、という思いがあった。飯田の客室は2階だし、この扉の奧には加護と石川の部屋とボイラー室、そして地下室へ続く階段しかないはず。そこに用事があるとは考えにくい。

 が、飯田はすぐに笑顔になり、加護から一番近いソファに座った。
 加護も頭の中の「?」を拭うことは出来なかったが、とりあえずは笑顔に応えることにした。しかし、二人とも笑顔のままで沈黙するという奇妙な空間がそこに発生した。
 飯田もスケッチブックを今は持っていないし、加護は手話が理解できない。  5年振りの再会で積もる話もあるのだが、コミュニケーションの手段が見つからない。

「そうだ! 飯田さんちょっと待っててね!」
 加護は何かを思いついて自室へと車椅子を走らせた。
 しばらくして戻ってきた加護の膝の上にはノートブックパソコンが置かれている。
 どうやらこれで会話しようというのだ。
 パソコンを開くとその画面は、解散コンサート直前に13人で最後にとったデジカメの画像が壁紙として使われている。みんな笑顔と緊張が入り交じった表情をさせていた。
 加護がメモ帳を開いて、何かを入力している。

“いいださん、おげんきでしたか?”

 そう画面に表示させた文字を飯田のほうに向ける。
 飯田もそれに応えキーボードを滑らかに叩く。

“もちろん、かごもぜんぜんかわってないねえ”

 あの事件によって、生活する環境が大きく変わった二人。
 その二人の間だけに通用する「げんき」という表現。
 そうして、加護と飯田のパソコンを介した奇妙な会話が続いた。

T E N

 この同窓会は集合時間は午後4時と、夕食が始まるのが6時予定ということを考えると、かなり早めに設定されている。この屋敷に来る途中の狭い山道は舗装されていない、崖に対してのガードレールも一部ない、そのうえ外灯もない―――それが数キロに渡ってつづく。それゆえに、夕方5時以降から明け方まで車による通行が禁止されている。もっとも、まだ日が落ちるのが遅い9月ということもあり、6時半までならなんとか通行できるだろうが。
 そんな事情もあって、それぞれの仕事の都合も考慮に入れた上で集合は4時という時間に落ちついた。4時には石川が本人曰く「とっておきのティータイム」を演出してくれるとのことだった。

 飯田は、まだこの屋敷に到着していない残りの3人のうち仕事で遅れる「あの人」は別としても、安倍と矢口の姿がまだ見えないのが気になった。安倍のモーニング娘。だった頃の遅刻魔ぶりを5年ぶりに思い出したからだ。

 大時計の針が3時30分を指す頃までには、他のメンバーも次々と2階から降りてきていた。
 吉澤と一緒に降りてきた石川は、そのまま「ティータイム」の準備のため厨房へと向かった。
 高橋と紺野は、どことなく元気がないように加護の目には映った。
 高橋は石川に手伝いましょうか、と尋ねたが、

「それじゃあ、夕食のときお願いね」
 といって厨房に消えていく。高橋は紺野の顔と食堂への扉を見比べてオロオロしたが、結局石川の後に付いていった。
 吉澤と紺野はソファの後ろから飯田と加護のパソコン上での会話をのぞき込んだり、そこから派生した話題で二人談笑していたりしている。

 ずっと後のことになるが―――すべてが終わったあとで、参加したメンバーの一人が振り返って語る。
 結局、同窓会で一番和やかな時間が流れていたのがこのときだった、と。

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