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武道館の事件から2年の月日が流れたある日のことだった。 生放送の歌番組の収録から帰ってきた高橋は、自室のパソコンにまず電源を入れる。 起動させているあいだの虚無の時空に漂っている―――時間にしてみれば2分から3分程だが―――そのとき、高橋はモーニング娘。解散後の自分の軌跡をたどってみたりする。 「転落」 たった二文字で表現できてしまう。 日に日に芸能界で自分の居場所が失われていくのが分かる。 事務所はバラエティやグラビアの仕事を増やしたいらしいが、あくまでも活動の中心を歌に据えた高橋。しかし、新曲の売り上げはその情熱に反し発売毎に下降線の一途をたどるのだった。 (やっぱり私には華がないのかな・・・)メールチェックのボタンを押して次々現れてくる名前の中で、意外な人物の名前を見つけて高橋はマンションの一室でひとり声を張りあげた。
「Kei Yasuda」
恐る恐るその名前をクリックした。
高橋のマウスを握りしめたこぶしの上に、大粒の涙がいくつも落ちてくる。 (最後に保田さんにかけてもらった言葉がなかったら、私は今でも歌手活動を続けていなかったんだよ・・・)保田と高橋が親密になった頃には、すでにモーニング娘。の解散が決定していた。
その頃、メンバー全員に芸能界に残るかそれともそのまま引退するのかの二者択一が迫られていた。
自分がセンター・メインパートを務めた曲は、練習のしすぎで喉をつぶしてしまい、その結果、歌番組では満足に歌えず、発売されたシングルCDはモーニング娘。史上最低の売り上げとなった。それがますます高橋のプライドを傷つける結果となる。
なんのために私はモーニング娘。に加入したのだろう。
その自信喪失に追い打ちをかけるように、グループの解散が決定。胸が張り裂けそうになった。
メンバーには通達されたが、世間にはまだ解散が公表されていない段階で、テレビのバラエティ音楽番組の収録があった。 「お前おる意味ないやんか!」どっと巻き起こる笑い。だが、次の瞬間、スタッフも観衆も、そして仲間のメンバーもその笑いが凍り付いた。 高橋は笑顔を保ったまま、頬に滝のような涙を流していたからだ。
収録後、控え室でマネージャーにこってりしぼられた。
トントン。
高橋が部屋に一人になるスキをうかがっていたかのように、ドアのすき間からひょっこりと何かが飛び出した。 「アイチャン、アイチャン、これからヒマかい?」 「保田さん、何やっているんですか」 「何だよーもう分かっちゃったのかよー」その人形を片手に保田が登場する。 「ねえ、これから焼き肉でも食べにいかない?」 「いえ・・・まだマネージャーと話があるんで」 「いいじゃん、どうせ説教でしょ? バックレようぜい」保田は鼻息も荒げて、高橋を威嚇しているようにも見える。 「・・・保田さんあたし」高橋が言い終わるより早く、保田は強引に彼女の腕を引っ張っていた。 訛り丸だしの抵抗の言葉を高橋はいくつも並べたが、保田は一向に意に介す様子はない。 そしてそのまま二人は夜の街へと消えていった。 |
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