第39話グラデ左 グラデ右高橋

「それじゃあ、犬神音子って圭ちゃんだったの!?」
 石川は思いきり、テレビ番組のドッキリ企画にひっかかったかのように驚いている。石川だけでなく、あちこちでどよめきが起こる。
「え!? みんな知らんかったん!? もしかして今日来ることも?」
 高橋はその反応を見てそれ以上のビックリ顔で驚く。保田の名前で多くのメンバーが狼狽したのが意外だったのだ。
 本当に驚いてほしかったのは「特別ゲスト・後藤」の部分だったのだが。
 振り返ってリーダーの顔を見る。本人は紺野に手話で何かを伝える。
「招待状に(保田が来ることを)書かなかったっけ?ってリーダーは言ってますけど・・・」
「書いてなかったよねぇ」
「書いてない書いてない」
 あちこちからそんなこと知らないといった声が上がりだす。バツの悪そうな表情を浮かべる飯田。
(書き忘れとったんやな・・・)
 高橋がギロリと飯田を睨む。確かに高橋も招待状の参加メンバー一覧には目を通したが、自分が手配した保田の参加だけに見落としていたようだ。
 飯田は何事もなかったかのように目をそらす。
「っていうか私も知らなかったんですけど・・・」
 紺野も困惑した表情を浮かべ、高橋に現在の衝撃を素直に伝える。
「よ、吉澤さんは? 和田さんから聞いてなかったんすか?」
「あ、あったりめーじゃねーか。げ、芸能人だぞ俺は。なぁ。し、知ってたさぁ、“ねこ神いぬ”が圭ちゃんだって、こと、ぐらい」
 みるからに動揺した表情と声で、そう答える吉澤。
 どうやらこの場では高橋と飯田たちしか保田が来ることを知らなかったようだ。もっとも、リーダー自身も同窓会を開く段階になって、高橋から行方知れずだった保田の参加の旨をあきらかにされたときは、相当面食らったものだが。
「それもビックリしたんだけど、後藤さんを連れてくるってどうゆうこと? だって後藤さんは・・・」
 加護が眉間にシワを寄せて、高橋に詰め寄る。
「そっそれは・・・かくかくしかじかで」
 その迫力に負けて、ワザと遠回しに言ったことの真相をあっさり明かにする高橋。
「でもなんで、圭ちゃんはこの5年間・・・4年だっけ? 高橋だけに連絡とってたんだろうね」
 石川が不満そうな声をあげる。
 私だって保田さんは最初の教育係だったんだからねっ、とでも言いたげな様子だ。
「あのぉ・・・保田さんが言うには、あんまり世間に知られたくなかったそうっすよ・・・顔の傷も、まだ完治しとらんみたいやし・・・私も固く口止めされとってんけど」
 飯田は何か手話で紺野に伝えた。
「(言ったのが高橋で正解だったわね)・・・とリーダーはおっしゃっております」
 さらにつけ加える。
「(私なんか、聴覚を失ったことを“口の固いなっち”にだけ教えたら、いつのまにかミンナに知れ渡っているんだモン、まったく)だって」
 紺野が「通訳」しながら苦笑する。
(そうやね・・・なんで私だったんやろ・・・)
 高橋はモーニング娘。にとって最後のメンバー加入組だ。
 娘。の一員としての時間を過ごすにつれて、先輩同士の結束に入り込む余地があまり無いことを徐々に感じとっていた。
 本人はそれも仕方がないことだと思っていた。デビュー間もない頃の売れない時代に苦楽を共にした初期メンバー同士と、ブレイク後に加入した自分では認識の差に埋まり難い溝があるのは当然だ、と。

 それでもここ何年か、高橋は姿の見えない保田をずっと追いかけていたし、保田も落ち込んでメールで相談してくる高橋に対して実に親身になって応えていた。
 たぶん最後のコンサートでの楽屋でのあの一言が、5年間一度も会わないにもかかわらず、ずっと二人を結びつけていたんだと高橋は思う。

「え・・・それじゃあ保田さんもココに来るんですよね?」
 石川が高橋に尋ねる。
「うん。ラジオの収録が終わったん2時やから、夕食にギリギリかちょっと遅れるぐらいに到着するとは思うんけど」
「大変!」
「ど、どどどーしたの?」
 と、吉澤が心配そうな声。
「夕食も一人分増えるんだよね! ヤバッ! 愛ちゃん! いまから急いで夕食の準備始めるわよ!」
 さきほどまで、マッタリしていた石川が急にスピードアップしてパイの残りとお茶を口の中に流し込んだ。石川が夕食のかなり念入りな仕込みをしていたのは、高橋もさきほど厨房でおやつの手伝いをしていたので分かる。
 しかし保田が来るということを今になって知って、若干石川の立てたその段取りに誤差が生じたようだ。
「さぁ〜忙しくなるわよぉ」
 と、どこかハプニングを楽しんでいるようにも見える石川は(確かに保田が突如出席する、という知らせは彼女にとってこの上ない嬉しいアクシデントのようだ)厨房へとその姿を消していった。うろたえながらも、彼女に続く高橋。

 その一連の様子を見送った吉澤が、ぽろっと言葉を漏らした。

「よかった・・・・梨華ちゃん」
 紺野がその意味を問いかける。
「よかったって?」
「うん。梨華ちゃんってさあ、武道館の事件であんなヒドい目にあったわけじゃん。その・・・レイプされてさ。
 正直、今日来るのが恐かったのは・・・スゲーあのコ、ネガティブなところあるじゃん? でも今の様子みると案外前向きでサバサバしてるから。うん、よかった」
「・・・よっすぃー、それは違うよ」
 つぶやくような小さな声があがる。加護だ。
「え?」
「多分・・・梨華ちゃんがイチバンこの中のメンバーで・・・心の傷が深いと思う」
 その加護の沈痛な眼差しの奧に隠された「何か」を吉澤は敏感に感じとった。
(―――加護ちゃんは知っている。私たちがまだ知らない、あのコの何かを)
 だが加護が、その「何か」をこの場でそれ以上語ることはなかった。
 吉澤も、あえて追求はしなかった。

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