第41話グラデ左 グラデ右紺野と吉澤

 吉澤があの場で「探検しよう」と提案したときに、みんなには言っていない 理由がもう一つだけあった。

 もしあの時、吉澤が見た「あれ」がマボロシでなければ、辻はこの屋敷(もしくはその近辺)のどこかに必ずいるはず―――。
 特にここに来てから、吉澤は常に誰かに監視されているかのような、奇妙な違和感を覚えずにはいられなかった。

「女の勘」

 吉澤はふと脳裡にその言葉がよぎり、苦々しい笑顔を浮かべる。
 紺野はその吉澤の右斜め後ろからチョコチョコついてくる。居間にある2階への階段を登りきり、遊技場へと向かう。自分の客室から近い位置にあるので気になっていたのだ。

 吉澤が遊技場へのドアノブに手をかけた時、どこか怯えた表情を浮かべている紺野が気になった。

「どーしたの?」
「ええ・・・何でもないです。けど・・・」
 くだらない、と思いつつもその質問をしてみる。
「この屋敷来たことあるんでしょ?」
「・・・」


 吉澤はもう何年も見ていないが―――というのは、それには自分の「女」としての姿が載っていることに、どこか気恥ずかしさを感じるから―――あの武道館の事件の直前に発売された「解散記念・モーニング娘。ファイナル写真集」では、5期メンバー4人は確かにこの屋敷を舞台に撮影をしていた。
 入口のドアを開けたときに感じた既視感は、その写真集によるところが多いのだろう。

 エントランスホールの螺旋階段から身を乗り出す高橋。
 居間の長いソファに肩を寄せあって微笑む新垣と小川。
 そして。
 吉澤はドアを開けた。

 電気を点けても薄暗い室内は、天井からぶらさがったプロペラがくるくる回っている。黒いカーテンは締め切ってあるし、カーペットもワインレッドなので、昼間でもなお暗く感じさせるのだろう。
 ビリヤード台、ピンボール、ジュークボックスなど、アメリカの場末の酒場を思わせるようなシックな雰囲気が漂っている。1階の居間に置いてあったのとは違い、革張りのソファーも大人の雰囲気を醸し出している。

(ちょっとオレの店と似ているかな・・・)
「・・・懐かしい!」
 紺野はそう叫んで、そのソファーに飛び込んだ。ちょっとだけ表情が明るくなる。
 写真集での紺野は、これに寝そべって年齢の割には色っぽいポーズ、そして妖艶な視線を魅せて他のメンバーを驚かしていたものだ。
 吉澤も、解散の1年程前からどんどん紺野が垢抜けていくのを感じていた。加入当時のアンニュイな雰囲気を保ちつつ、痩せて可愛くなっていったと思う。彼女の面白いところは、そんな周囲の思惑を一切気にしている様子が感じられないところにある。
 いまでもそうなのかな、と吉澤はうつろな目で静かにまわるプロペラを見上げて回想に耽っている紺野を見てそう思う。
 天井は吹き抜けのため高く、3階に置いてあるピアノがここからでも見える。
 食堂へ降りる階段、テーブル、バーカウンターなどが見える。
 ほかにも観葉植物や石膏像などの置物。
 たくさんモノが置いてあるため、こまごまとした印象を受けるが見渡してみるとけっこう広い。
「来たことはあるんですけどね」
 吉澤がドアを閉めると、ソファに寝そべっていた紺野が急に姿勢を正して喋り始めた。
「なんか・・・あの・・・出るらしいんですよ」
「何が?」
 と、吉澤が訊き直した直後になって、ハッと気がついた。
 紺野は無表情のまま両手を自分の胸の前にだらしなくぶら下げる。「幽霊」のポーズだ。
 洋館にオバケ。
 あまりにもありきたりで陳腐な組み合わせ。
 普通だったら吉澤も笑い飛ばしていただろう。
 しかし吉澤も見たのだ。
 それらしき人影を。

 吉澤の中に、何かが揺れ動いている。
 幻覚だったのか。現実だったのか。

 しばらく沈黙が続いた。
 吉澤は、そのポーズをとっている紺野が急に笑顔で「なーんちゃって!」などと言うのを期待していたのかもしれない。
 しかし紺野は腕を下ろしたものの、なお深刻そうな表情を浮かべうつむいている。その雰囲気に、吉澤はもう耐えられない。

「見たの? 紺野も?」
 首を横に振る。
「ただ・・・まこっちゃんと里沙ちゃんは見たみたいなんです」
「・・・5年前の話?」
 紺野は声にならない「はい」という口の動きをしながら、ゆっくり首を縦に一度だけ振った。

グラデ右 next to ... 第42話 石川と高橋

グラデ右 最初に戻る ■  トップページ