第44話グラデ左 グラデ右紺野と加護

 石川は、派手な金色の装飾のついた白い受話器を置いた。
 むかし子供の頃、黒電話が家にあったなあなどと、どうでもいいことを思い出す。石川にとってダイヤルを回す電話機を使ったのは、それ以来2度目であったから。
「安倍さんだったぁ?」
 という加護の問いに、石川は小さくうなずく。
 ここに来てからいくつかの電話がかかってきているが、そのすべてを石川が受けている。ほとんどはつんく♂の仕事がらみの電話だが、お手伝いさんだと思わせて「わかりません」の一点張りでなるべく早く切らせるようにしている。
「あれ? 飯田さん・・・?」
「部屋に帰っちゃいました。着替えるとか言って」
 石川は加護の髪型がいわゆる「お団子頭」になっているのに気が付いた。
「この頭にしてくれた後にね」
 と言い照れ臭そうに加護は自分の頭を軽く触れて、カタチを確認する。
 ますます5年前の加護の面影に近づいた気がする。
「そう・・・」
 加護がひとりだけぽつんと居間に残されていて、パソコンをいじっていた。
 食堂から出てきた吉澤・紺野。
 厨房から顔をのぞかせる高橋。

 紺野は加護がひとりなのを見て、すかさず居間のソファへとすべりこむ。
 ここからもう一歩も動かないぞ、といわんばかりに。

「ちょっと遅れているみたいだけど、もうすぐ着くみたい」
「ドラマの撮影が押したんっしょ?」
「みたい。さすが大女優だよねぇ」
「矢口さんの車で来ているんだよね」
「うん」
「そういやぁ“Doll's EYE”に一度だけ、矢口さん来たみたいなんだよ。そのとき俺いなかったけどね」
“Doll's EYE”とは吉澤が経営するバーの名前だ。
 その石川と吉澤のやりとりを見ていた高橋が、申し訳なさそうに割って入る。
「あのー・・・石川さん? ちょっと聞きたいことが・・・」
「そうだ! ジュース作っている途中だったよね!」
 石川は再び厨房に駆け込む。
 加護と紺野はパソコン、ネットの話について盛り上がっていた。
 こうなると今度は吉澤が、ひとり取り残される。
(しょーがねーか)
 吉澤は「探検」をひとりで続けることにした。先ほどの話によると、写真集の撮影でほんの3時間ほどしか滞在していない紺野も、吉澤同様それほどこの屋敷に詳しいということではないらしい。
「あいぼーん。この扉の向こうって何があるの?」
「んー私たちの部屋と、ボイラー室とぉ、地下に通じる階段」
「地下?」
「レコーディングスタジオ」
(・・・そうだ思い出した)
 吉澤がこの屋敷で本当に、真っ先に見たいと思っていたのはそこだった。
 解散の数カ月前に、後藤がこの屋敷から直接、吉澤に電話してきた。初めての場所でのレコーディングの不安と高揚を、素直に吉澤に吐露していたのを憶えている。弱気なところをメンバーに―――特に吉澤には―――見せない後藤にしては珍しいことだった。
 後藤にとって、吉澤は親友でもあると同時に後輩でもありライバルでもあった。ゆえに意外に思われることが多いが、プライベートでの遊びやおしゃべりといった場で仕事に関係することには、お互い意識的にほとんど触れようとはしなかった。最初は吉澤も戸惑ったが、後藤のそういった態度から芸能人としての「けじめ」を学んだのだった。
 それでも、たった1人の追加メンバーとして加入した後藤にとって、モーニング娘。そしてプッチモニの中での吉澤の存在は、本人が認識している以上に大きかったようである。

 その後藤にとっての最後のシングル曲が収録されたスタジオ。
 それは結局発表されることはなかった。サビの部分だけ後藤は吉澤に電話ごしに披露してくれたが、今となっては全く思い出すことができない。
 吉澤は一度でいいから見ておかなければ、と思っていた。

 心なしか険しい表情で地下室へと向かう吉澤を見送ってから、紺野が加護に話しかける。

「それにしてもビックリだよ、吉澤さんには」
「オトコマエになったねぇ、よっすぃーは」
「・・・なんか・・・加護ちゃん・・・私ハズかしいな」
 そう言いながら、いま紺野が自分と同じ歳、そして成人の加護に「ちゃん」付けで呼ぶことの意味を考えた。同世代の女の子同士が「ちゃん」付けで呼び合うのは何か違う。妹や幼い子供に話しかけるニュアンスに、むしろ近い。
 そう紺野に思わせる程、目の前の加護は5年前のあの時のままだった。
「どうして?」
 つぶらな瞳で問いかけるその表情までも。
「うん、ミンナあんなことがあってそれを忘れるために、いろいろ変わろう、壊そう、新しく創りあげよう、努力しているのに・・・私はなんかフツーで申し訳ないってゆーか・・・」
「紺野ちゃんは、それでいいんだよ」
「え?」
「変わらなくていいのなら、変わらないほうがいいよ・・・特に紺野ちゃんはそれが紺野ちゃんなんだから」
 禅問答のような加護の答えが返ってきた。
「ワタシも・・・この足が」
 加護は自分の太股を手のひらでポンポン叩く。
「この足以外、そんなに変わってなんかいないもん」
(・・・嘘)
 紺野は思った。あの武道館爆破事件。そして2年前。
 加護にとって大きな存在であったメンバー2人を失っている。

 加護は気丈に振る舞ってはいるものの、心に負った傷はもしかしたら身体以上であってもおかしくはないはず。
 紺野を励ますことによって、逆に加護自身の闇を振り払おうとしているようにも見える。

 加護が、さきほど吉澤に言った。

「多分・・・梨華ちゃんがイチバンこの中のメンバーで・・・心の傷が深いと思う」
 その言葉にはぐらかされそうになったが、紺野は加護の瞳の奧に隠された本当の悲しみこそ知りたいと思った。辻が生きていて小川が元気ならまだしも、現状では加護と同じ学年は紺野だけになってしまった。一時期は4人もいたのに。
 何かチカラになりたい。
 紺野自身は確かに変わってないし、これからも多分変わることはないのかもしれないけど・・・加護の心の中に渦巻いている暗黒の雲を取り払って明るく元の彼女に変えることができたら―――あの事件を精算できるような、そんな気がしたのだ。

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