第49話グラデ左 グラデ右加護と吉澤

 吉澤が居間への扉を開けると、まずその大きな瞳に映ったのは暗く沈み込んだまま立ち尽くす紺野の姿だった。唇を内側にめり込ませ厳しい表情を浮かべている。
 その紺野に、声をかけるかかけまいか迷っている様子の加護。
 飯田はソファに座って、ギョロっとした目でずっと2階の東棟の廊下の奧を見つめている。
 夕食の準備にとりかかっているはずの石川と高橋も、なぜかそこにいた。階段の手すりによしかかってうつむいているメイド服の少女。柱のに背中を寄せてしゃがみ込んでいるTシャツ・ジーンズにエプロンをした少女。
 その場にいる皆が神妙な顔つきのまま、一斉に吉澤に視線を集中させる。
「ど・・・どーしたのミンナ?」
「あ・・・え・・・あの・・・」
「安倍さんと、矢口さんが来たんです」
 どもっている高橋の言葉をさえぎり、石川がさきほどまでの状況を説明した。
 特に感激するまでもなく、挨拶もほどほどに自分たちの部屋へ引っ込んでいってしまった二人のことを。

 何かが、イビツに歪んだ。
 現役アイドルだった頃、あれほど明るかったふたり。ここにいるメンバーとは違い、幸いにもあの事件で大きな怪我を負うこともなく芸能人を続けた。当然5年前のあの頃のような、太陽の輝きを今も保ち続けているはず、と皆が思いこんでいた。
 その二人がこのつんく邸に足を踏み入れた瞬間、メンバー全員で美しいハーモニーを奏でていたはずのオーケストラの音色が微妙に狂いだしたかのような、そんな気がした。
 加護がその時の様子を、感じたままに表現する。

「なんかね、ヘンだったの」
「ヘンって、矢口さんが? 安倍さん?」
「どっちも・・・」
「らしくなかったよね」
 石川も相槌を打つ。なんで呼んでくれなかったんだよ、と釈然としない様子の吉澤に、地下室のスタジオは防音設備のためインターホンの音が聞こえないんだよ、ということもつけ加えた。
「それに・・・あまりにもアッサリ部屋にいっちゃったから・・・」
「ふー・・・ん〜、でもアイサツはしなくちゃ」
 その現場を見ていない吉澤は、まだ皆の解説や感想を聞いても、暗くよそよそしい安倍と矢口が想像できないでいた。スタスタと2階への階段に向けて歩き始める。
「あ、それから」
 吉澤が小脇に抱えていた、辞書のような分厚くて赤い冊子を加護に差し出す。
「これは?」
「スタジオにあったの、読んでみなよ」
「???」
 渡されたその冊子を手に取ると、ずっしりとした重量感が伝わってくる。洋館という場所にどちらかというとミスマッチな音楽スタジオ。そこにあったという、洋館にはお似合いの赤い革張りの豪華な装丁の本。
 なおも眉を「ハ」の字にしている加護に、階段を小走りに駆け上がっていた吉澤が一瞬足を止めて、居間にいるメンバーを見おろして言う。
「ごっちんの、赤い日記帳・・・?ってヤツかな」
 そして再び歩き始めた。

 矢口と安倍の部屋は2階東棟にある。
 廊下の奧に向かって右側が矢口の部屋203号室「Alive」。左の部屋が202号室「Endless Summer Night」。安倍がいるはずだ。ちなみに、そのまま奧に進むと飯田の部屋である201号室「Hold on me」になる。
 安倍と矢口、どちらを先に挨拶しようか一瞬迷ったが―――吉澤は右に身体を向けて「Alive」の部屋のドアをノックした。

 その瞬間、扉の向こうから「うぎゃあ」という懐かしいあの叫び声が聞こえてきた。

 これがもし、かつてのバラエティ番組の収録中だったら―――吉澤は思わず心の中で「ナイスリアクション、矢口さん」と拍手を贈っていたかもしれない。

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