第51話グラデ左 グラデ右加護

 そこにいるメンバー全員が居間のテーブルをグルっと取り囲んで、加護が読みやすいようにと真ん中に置いた「赤い日記帳」に注目する。
 パッと見、ちょっと小さめの百科事典という印象。
「これ、よくスタジオに置いてあったコミュニケーションノートかなぁ?」
 高橋が加護に向かって問いかける。
「たぶん・・・ウチらの知っているのより、チョット豪華だけどね」
 コミュニケーションノートといえば、そこに書かれてある文は唯一この屋敷で本格的なレコーディングをおこなった、後藤のものである確率が高い。高橋や紺野もこの屋敷に来た際に、わずかな間ではあるが後藤のレコーディングには立ち会った。が、このノートの存在は知らなかったと言う。
 その後藤がこの屋敷に初めて来て、どんな体験をしたのか。
 どんな想いで解散後の芸能活動に期待と不安を織り交ぜながらも、立ち向かっていったのか・・・?

 いまとなって知るすべはない。
 ただ思いがけず飛び込んできた、この屋敷での後藤の存在感に―――果たして「飛び込んできた存在感」という言葉の遣い方がふさわしいかどうかは別として―――それぞれが後藤への想いを蘇らせる。
 高橋・紺野にとっては憧れの先輩。
 加護にとっては先輩というより、師匠。なんでも相談できる学校の先生のような存在。
 石川は優等生に憧れる同級生、といった感覚。
 飯田は・・・立場上、複雑だ。


 加護が車椅子からやや身を乗り出して、ハードカバーの表紙をめくると手書きのアルファベットが、ぶっきらぼうに書かれてある。

MT STUDIO COMUNICATION NOTE

 それを見て、紺野が一言。

「コミュニケーションのスペルが違いますね」
「コミニュケーション?」
「コ・ミュ、です。あと“COMMUNICATION”は名詞なので、正しくはコミュ・・・」
「いや・・・そうじゃなくて・・・てか、それはいいから・・・」
 高橋が早くノートの中身を、と加護を促すその時だった。

 2階東棟からなにか「ぅぎゃあ」と金切声が聞こえてきたのだ。
 静寂の中での耳鳴りのようにも似たその甲高い声に、そこにいるメンバー全員がぴたっと硬直する。

「・・・? 今誰か叫ばなかった?」
「矢口さん?・・・」
 石川と紺野がお互いの顔を見つめ、そして2階の廊下の奧へと視線を移動させる。
 早くコミュニケーションノートの中身を知りたいという好奇心と、一体何が起こったんだろう?という疑問が複雑に絡み合う。
 普段から仏頂面の飯田の眉間にシワが寄って、さらにオコゼのような顔になり不機嫌なオーラを放っている。
「あのおー!」
 ソファに座りノートを読むのを心待ちにしていた高橋が、突然立ちあがって上の階に向かって大声をはりあげる。
「なにかあったんですかあー!」
 やや間があって、何かバタバタした足音が聞こえてきたあとに淡いクリーム色のワンピースに身を包んだ(相変わらずどこか素朴なファッション)安倍があらわれた。
 東棟の奧から飛び出してきて、2階の渡り廊下の手すりに身を預け乗り出す。
 語気を荒げて、それでいて冷静な表情で右手と頭をぶるぶる振って、否定のジェスチャーと共に言う。
「ううん、な、何でもないからっ」
「ゴキブリでもいたんですか〜?」
 石川が首を傾げながら、キョトンとした表情で安倍に返す。
「うん、矢口がゴキブリにビビって叫んだんだよ。驚かせてゴメンね」
 鈍感なメンバー・敏感なメンバーとも誰もが、安倍のセリフは後付けの理由ということを察した。だがそれが嘘だったとしても、他に矢口が叫び声を上げるような理由がほかにあるだろうか? 命にかかわるような? 安倍が大丈夫だと言っている。だったら、この場はそれでもいいような気が加護はした。
 苦笑いのまま安倍は廊下の奧へと向かいかけて、また足を止める。
「ほ、本当に何でもないからっ」
 振り返って、安倍はもう一度念を押す。
 そしてそのまま小走りに、矢口の部屋の方へと去っていった。
「ふ・・・ン・・・」
 居間にいるメンバーが何か釈然としない、それでも目の前のノートが気になるため精一杯納得しようとしているような様子だった。
「ここゴキブリいるんですか・・・?」
 紺野がポケっとした表情で石川に尋ねる。
「うん、厨房・・・台所にね、何回が見たことある」
 高橋が、そんなことはいいからっ、と相変わらずこの雰囲気の流れにイマイチ乗り切れてない紺野をキッと睨み付ける。
 加護も今は紺野を無視する方向で、ページをめくる。
 水を差された形になったが、ゴクリ、とメンバー全員が輪になって頭を合わせて唾を飲み込む。そして改めてノートに集中する。

「7月8日」

 最初の1ページ目の日付。「あの事件の1ヶ月前だ・・・」と誰かが言った。

「7月8日」

 後藤真希ですっ!
 ノート一番乗り〜☆
 わははははは
 ピ〜ス♪

 明日から新曲のレコ始まりま〜す。
 ここに来る途中の車の中でずっとMDで新曲聞いていました!!
 今回の『思い出になってしまった』は、なんかスゲーいいっす!
 もしかして私の今までの曲でイチバンかも!?
 やっぱり、つんくさんは天才だなぁ〜

 あとこの屋しきスゴすぎ! もう、お城って感じ!
 なんか今日はコーフンして眠れそうにないかも。。。

「7月9日」

 きのうに引き続き、ごとうです。
 うい〜。ヘバりました。
 ムズいっす、この曲。
 モーニングの解散ツアーの疲れもたまっているしね〜
 今はお昼ゴハンを、ひ・た・す・ら・待ってます。

 あと午後からなんと、新メンバー高橋、紺野、小川、新垣が
 写真集の●サツエイで来るそうです!
 やった!
 おすまし顔でポーズとっていたら、笑わしたろっかな(私ってワルモノ?)
 なんだかウレシイ。泊まっていくのかなぁ。

 とにかく今は『思い出になってしまった』です。
 がんばろう。

「7月10日」

 レコーディングがもうちょっとで終わりそうです。
 きのうは特別ゲストのたかはしとかにコーラスを入れてもらったけど
 使われるかどうか分からないって(つんくさん談)

 辻ちゃん(突然きのう泊まりにキタっ)や小川ちゃんにも
 今日、声入れてもらったけどあんまり元気なさげでした。
 実はワタシもちょっと、きのうの夜あんなことがあったのでブルーです。

 でも最後だし、がんばるぞ、と。
 うん。忘れなきゃ。
 今は歌! うた! ウタ!

 そうだ。もう解散まで1ヶ月切ったんだねー。
 いろいろあったけど、モーニング楽しかったよ。
 このあと、あいぼんやなっちもこのスタジオでソロやるんだって!

 がんばれ〜!!!!!(えらそう?)
 ミンナ愛しているゾ〜〜〜!!!
                    ごとうまき 7・10

 おなかがすきました
      by つじのぞみ

 最後の一文をみて加護が口元を弛ませたが、またすぐに真剣な顔つきに戻るのを紺野は見逃さなかった。
 そこで書き込まれたページは終わり、あとは真っ白なページをパラパラマンガの要領で加護はめくった。当然の如くそこには白い平面が続くだけだったが。

  とりあえず、どこから話そうか。

 誰が最初に口火を切るのか、お互いがチラチラ上目遣いで他のメンバーを牽制する。
 特に高橋・紺野、そして石川(たぶん吉澤もそうだろう)にとって気になるのは3ページ目に書いてある、きのう(2日目)の夜に起こった「あんなこと」である。

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