第57話グラデ左 グラデ右安倍

 色とりどりの花に囲まれハシャギ回る吉澤を、噴水のそばのベンチに腰掛け遠目で見守る安倍。
 噴水の中央にそびえ立つ安倍と同じ背丈かそれ以上の巨大な白鳥の像が、水底から7色のスポットライトを当てられ輝いている。陽が落ち周囲一帯が闇に包まれれば、もっと宝石を散りばめたような美しさに映えるのだろう。

 野鳥のさえずりと、噴水の水音。安倍が目を閉じ自然の息吹に耳をすませていると、さっきまで騒いでいた吉澤が急に静かになったのに気が付いた。
 ゆっくりまぶたを開け見渡しても吉澤の姿が見えないので、安倍は立ち上がり庭園の中をテクテク歩いた。ちょうど噴水の反対側にいたため見失っていただけのようで、あっさり見つけることができた。
 背筋をぴんと伸ばし白いスーツに身を包んだ彼女(彼?)は、真剣な眼差しで裏山をじっと見つめている。何があるんだろう、と吉澤の視線の先に目を向けるが、青々とした雑木林が山肌を埋め尽くしているだけで特に変わったところはない。
 それでも吉澤は、ただ何もない密林を見つめ考え事をしているようだ。

「よっすぃー!!」
「ん?」
「あのね、私屋敷に用事思い出したから、先に戻るね」
「ええ・・・いいですよ、安倍さん。俺はもう少しここにいます」
「うん、じゃあね」
 安倍は軽く手を振って、庭園を後にした。
 そして吉澤の姿が見えるか見えないかぐらいの位置まで来て、もう一度振り返る。
(完全ではないにしろ、あれほどの怪我からよく復帰したよね、よっすぃー)
 あの現場の惨状を知っている者の一人として、改めて安倍はそう思った。
 吉澤の強さは、色々なものを捨ててでも前に突き進む勇気にあるのだな、と安倍は考える。
「俺、家族捨てたんだ」
 吉澤はついさっき、安倍にそう吐露した。「男」になった代償に、いろんなものを捨ててきたという。淡々とした口調だったが、安倍にしてみれば身に詰まされる想いだった。安倍も家族を捨てどん底から這いあがってきたという点においては、吉澤と同じだったからだ。愛する者に気持ちが通じなくなったり、嫌われたりするのは全身を引き裂かれるくらい辛いこと―――。
 それでも安倍も家族を捨て、女優としての道を選んだ。
(皮肉だよね、家族の大切さをテーマにした番組とかにも出演していたのに)

T E N

 武道館の事件が起こって1週間後。
 安倍は右足を骨折し、軽いショック症状に陥っていた。
 言おうかどうか、正直迷った。

  でも話さなきゃならない。

 病院に見舞いに来てくれた家族に事件の時のことを話した。正直に話した。自分の心の中で眠っていた、うす汚れた部分があの事件によってあわらになったことも含め全て。
 そして怪我が完治したら女優として芸能活動を続けていきたいということも。

  受け入れてくると思っていた。
  でも現実は違っていた。

 彼らは安倍なつみを、畏れ忌み嫌い、そして激しく非難した。
 唯一妹だけは多少同情を含みながらも、安倍の決断にエールを贈ってくれた。
 しかし父親は違った。

「頭の打ち所が悪かったのか」
「おまえなんて私の娘じゃない」
「よくもそんな図々しいことが言えるな」
 その場で「勘当」を言い渡された。
 安倍と小川は同じ病院に入院していた。無理を言って小川の母親を自分の部屋にまで呼んでもらった。
 そして同じ日、同じ病室で、彼女にも安倍の家族に話したのと同じことを「告白」した。
「私さえいなければあなたの娘さんは、もしかしたら―――こんなところで寝たきりになっていなかったかもしれなせん」
 病室でまだ現実を受け入れられない様子の彼女は、その安倍の言葉に対してひとことだけ告げた。
「あなたは、自分の道を進んでください。私の娘もそれを一番望んでいます」
「でもお母さん」
 その瞬間、小川の母はベッドに突っ伏せ泣き崩れた。
 それ以上、何も声をかけることが出来なかった。

T E N

  あれから5年。
  私は夜の明けない街を、ずっと一人で歩き続けてきた気がする。

「それも今日で終わる」
 安倍は固い決意を自分に言い聞かせるかのように、あえて声に出してみた。

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