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「愛ちゃんいるぅ〜?」ふたつある武道館のモーニング娘。控え室のうちのひとつ、年少組の部屋に保田の声が響きわたった。 比較的経験の浅い年少メンバーが多いためか、教室ぐらいの広さにもかかわらず部屋一帯には緊迫した空気が漂っている。そんな中、高橋が笑顔で振り返ったのは、なにか場違いなような気がした。
モーニング娘。解散コンサート第2部が始まる一時間程前。 「保田さん! もうお昼ゴハン食べたんすか〜」 「ううん。ライブ前は飲み物しか口にしないことにしてんだ」 「そお? あのお、あたしのゴハンもうすぐ終わるんで待っとってください」 「いいわよ」高橋がいつものより少しだけ豪華な上幕の内弁当を食べ終わるのを待って、二人で楽屋の廊下、そして自販機コーナーまで散歩する。ベンチに並んで腰を下ろすと、姉妹というより、親子のようにも見える。 保田の奢りでスポーツドリンクを飲む高橋は、彼女の不器用な包容力を理解できる数少ない後輩メンバーだった。 コンサートスタッフは慌ただしく廊下を行き来しているが、背中を向けて座っている少女二人が本番を控えたメンバーということに気が付く人は、ほとんどいなかった。 「いよいよだね」 「ハイッ」さきほどの控え室の中で包まれていたような重苦しい雰囲気は、その高橋の返事からは感じられない。 「ふふっ、高橋って最近ホンット吹っ切れたっていうか垢抜けたっていうか」 「そうすか〜ありがとうございます〜」そう誉めたとたんに訛りながら返事するので、保田は吹き出しそうになる。 「保田さんに・・・焼き肉連れていってもらった頃からかなぁ。なんか、あれで歌続ける気になったってゆーか」 「続けるって・・・辞めるつもりだったの?」 「なんか自信なくしとったんです。なに歌っとっても全然楽しくなかったんです」 「・・・」 「でも・・・でもあの日保田さんに焼き肉連れて行ってもらったあとに、カラオケふたりで行ったやないですか」 「楽しかったよねぇ、高橋が八神純子の“パープルタウン”歌ってねぇ。 「でも保田さんも、アイランドの“スティ・ウィズ・ミー”歌っていたやないですか〜。あれも相当化石ですよね」 「うん。でもアタシ結構男の人の歌うたうのも好きなんだ。尾崎豊とか」 「合唱やと、女の人が男声で歌うのってカウンターって言うんやけど、保田さんの場合低音が艶あるんでハマっとりますよね」 「男の声って腹式で声だすから、やりすぎると次の日、おなかが筋肉痛なるけどね」 「まじっすか」 「ホントホント。ライブよりも、カラオケのほうがお腹が痛くなるのよ。モーニングの歌って私のソロパート少ないでしょ。ふふふ」こうして高橋と保田が音楽について、みっちり話し合うことがあの日以来多くなった。 保田にしてみれば、メンバー内で歌について話すメンバーが出来たことが妙に嬉しかった。 それは高橋も同じだった。 歌いたい一心でモーニング娘。に加入したにもかかわらず、バラエティの仕事などで当時は自分を見失っていた。訛りネタ以外でいじられることもなく、キャラ的に行き詰まっていた。自分の最大のウリだと思っていた歌唱力についても新曲の伸び悩みで自信を失っていた。 八方塞がりのその時、保田に励まされた。 久しぶりにカラオケに行って、好きな曲を思いっきり歌うことがどれだけ爽快かをサブリーダーは思い出させてくれたのだ。
心のモヤモヤが吹っ切れた高橋はシンガーとして、グループ解散後も芸能界を続けることを決意した。小さいながらも歌手をじっくり育てることで定評のある事務所への移籍も決定し、解散を控え晴れ晴れとした気持ちになっていた。 「さ〜最後の晴れ舞台に行くわよ〜」保田は立ち上がり、大きく背伸びした。 「あのぉ」後ろから高橋が、遠慮がちに話しかける。 「保田さん・・・」 「何?」 「いっいいえっ」 「ふふ・・・変なコ」 「・・・・」 「ねぇ、高橋ぃ。もし・・・5年後もお互い歌手でいたら・・・一緒に曲作って出すっていうのはどう?」 「???」高橋は自分の心の中を見透かされたような気分になった。 保田に言おうと思って躊躇したこととほぼ同じ内容を、逆に本人から提案されたからだ。 「なんかね、一人でやっていくのは今まで以上にハッキリとした目標がなくちゃダメだと思うの」 「・・・」 「笑ったり泣いたり、お芝居したり・・・いろいろ楽しいけど、やっぱ歌だけは捨てたくないの。どんな未来が訪れても―――」 「・・・いいですね、それ・・・やりましょう! それ!!」 「だねっ!」そして高橋と保田は笑顔で「ゆびきりげんまん」を切った。
(そっか・・・もうあれから5年になるのか・・・)デコボコの薄暗い山道で、スピードを緩めたバイクにまたがった保田が遠い目であの頃のふたりに想いを巡らせる。 (高橋・・・ごめんね・・・あのときの約束守れそうにないよ・・・) |
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