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保田は結局、警察署で一夜を過ごした。というか、気がついたら夜が明けていたのだ。 ずっと地下の廊下のベンチで泣き続けていた。人間は一晩でこれほど涙を流せるものだとは思わなかった。目の下を擦りすぎて、ただでさえデリケートにしなければいけないと担当医に言われていた目の周りが、赤く腫れ上がっている。 さきほどの小太りの警官が見るに見かねて、現場である後藤のアパートに行くかと保田に声をかたときには、すでに時計の針は朝の8時半を指していた。 勤務時間はとっくに超過しているはずだが、悪いとは思いつつも保田は好意に甘えることにした。 「It would seem she lived with the younger brother at first....(最初は弟さんと同居していたらしいんだけどね)」アパートへ向かう車の中で、警官は語り始めた。 記憶を失った後藤が留学という名目で渡米して、そして自らの手で死を迎えるまでの3年間。最初の1年程はお目付役の弟・ユウキと郊外のアパートで同居生活を続けていたらしい。 だが、そのうちユウキがホームシックにかかり帰国。(本当の理由は、彼が当時ベタ惚れしていた現地の恋人が日本に留学することになり、それを追っかけるためだったらしい) それからしばらくして後藤に出来た恋人というのが、保田が初めてサンフランシスコに訪れたあの日バスの中で見かけた、彼女が肩を寄せていた青年。後藤の友人の紹介で、知り合ったらしい。同い年で、カメラマン志望。 この青年が後藤の死に大きく関わっているという。
保田が、あとから知った話である。
実は後藤と保田が悲劇的な再会をすることになった5日前から、日本のアングラ界では、とある十数枚のデジカメ画像とひとつの動画の真贋をめぐって蜂の巣をつついたような騒ぎが巻き起こっていたという。
スーパーで牛乳や缶詰をカゴに入れて買い物している少女の姿。
全部、後藤だった。 (こんなものがネットに出回っていたというの・・・?)あまりにも生々しいアングルのショットが多く、スナップ写真や動画と照らし合わせても合成ということは考えにくい。 しかも画像の状況から考えて、これを撮影したのはおそらくこの青年。 保田は、爆破事件のあと病院で自分の顔を鏡で見た時以来の、深い奈落に突き落とされたような絶望感を味わった。
その画像の存在を知るのはまだ先の話だが、保田は今まさにその現場である後藤が3年という月日を過ごしていたアパートの一室にいた。「立入禁止」と書かれた黄色いテープをくぐると置物や電化製品の破片が床に散乱しているリビングルーム。 (ここでごっちんは・・・)散らかって荒れ果てている床と、ベッドの血痕。それにさえ目をつむれば、年相応のお洒落なシスコでの生活を後藤は送っていたようだ。 「Won't you tell me....what sort of conditions they were?(教えていただけませんか?・・・どんな状況だったか)」警察は渋い顔をしながら、アパートで後藤の隣りの部屋の住人(黒人の少し太りぎみのオバさん)から事情聴取した一部始終を語りはじめた。
事件当日の朝(保田が今後藤の部屋にいるときから計算するとちょうど24時間前)、その住人は後藤と青年が、大声で何か口論をしている声を壁ごしに耳にした。
そんな二人が言い争う声と物を投げつける音が、小一時間ほど続いた。
拍子抜けしつつも安心したそのとき、響きわたった1発の銃声。
そしてしばらくして、2発目の銃声が鳴り響いた。 |
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