後藤がアメリカに留学していた、そして銃で自らの頭を撃ち抜き命を絶ったというニュースは、あっと言う間に日本にも知れ渡った。
それはつまり、あのインターネットで出回っている画像の信憑性を高めるのには十分といえた。
保田は後になってから、その時の日本の様子を断片的にではあるが、和田マネージャーのおかげで知ることができた。
当然テレビや新聞では大きく報道されたが、自殺の原因まで深く追求することはなかった。せいぜい、記憶を失っていたという新事実がクローズアップされたぐらいで、自殺の原因となった「例の画像」のことについては何処も言葉を濁していた。自殺した人に対しての醜聞は、日本のテレビ報道では大きなタブーのひとつだ。
しかしネットやゴシップ誌では、ここぞとばかりに興味本位の研究サイト・特集記事が相次ぎ、それにより公然の秘密として後藤の死因は一般にも知れ渡るようになった。小さな子供を持つ親は、その対処に相当困惑したらしい。特にネットでは真実と妄想が入り交じった情報が交錯し、答えのでない不毛な議論が延々と続いた。
ある者は、マスメディア毎の報道姿勢にこれほど顕著な差が現れた事件はない、と皮肉った。
保田を驚かせたのは、この2人はドラッグに手を染めていたということ。
警察は、後藤の現地での友達に遺体の確認を頼もうとしたが、ほとんど断られたという。クスリ仲間が「それ」が原因で自殺したやつを確かめるために、わざわざ警察署に足を運ぶほどバカじゃないよな、とさきほどの小太りの警官は苦笑いを浮かべたのが保田にとっては印象的だった。
あの死体安置室で見た後藤の目の周りがくぼんで変色していたのは、ドラッグ常用者の遺体によくある特徴だと、その時―――後藤のアパートからの帰りの車の中で―――教えられた。
信じられない。
あのバスの中で見た、爽やかにじゃれあっていた恋人同士が。
―――薬漬けだっただなんて。
ネットの画像で真っ白な肌をさらけ出していた後藤。
バスの中で見た、無邪気な笑顔を浮かべていた後藤。
警察署地下で見た、生気を失って肉塊と果てた後藤。
そしてモーニング娘。だった頃の、甘えん坊な後藤。
それらの後藤が、ぐるぐる保田の頭の中をかき回す。
ぐるぐる。ぐるぐる。
いろんな後藤の顔が頭から離れなくて、保田は夜中に突然汗だくで目が覚めることが多くなった。
後藤が同じアメリカに住んでいると知って、いてもたってもいられなくなり何かに駆り立てられるような想いで逢いにいったあの日。
そして数奇な運命の悪戯で、バスの中で思いがけない再会を果たしたあの時。
もしもバスの中で後藤に何かひとことでも話しかけていたら、あるいは今のような結末は無かったかもしれない。
保田はこの悪夢を自分に対する罪の償いとして、受け入れることにした。
その苦しみは、後藤の死から2年余りたった今も続いている。
保田はバイクにまたがりながら、虚しくなるのは分かっていてもまた後藤のことを考えていた。
モーニング娘。同窓会―――久しぶりに人生で最も輝いたあの時期を共に過ごした仲間達が一堂に会する。
その場に後藤がいないことが、保田にとっては悲しかった。彼女のことについては死因が自殺なだけに、実際他メンバーもやはり話題に出しづらいのではないか。
きっかけが必要だ。
だからこそ保田は「特別ゲスト」として後藤を呼ぶことにした。胸の奥に潜ませている生前のピュアな後藤の想い。
それはまた新たな謎の渦中に、メンバーを巻き込むことになるかもしれない。それでも保田はその想いを自分一人で抱え込むほど、心のキャパシティが大きいわけではない。
誰かに伝えなければ―――。
伝えるなら最も彼女を理解していた、かつての仲間たちに―――。
涙で濡れたサンフランシスコでの再会から3日後。
ポートランドの施設に一通の保田宛の絵はがきが届いた。夕日をバックにしたゴールデンゲート・ブリッジの写真が輝かしい。宛名はもちろん英語だったが、はがきの裏の右半分には細々とした、あまり上手いとはいえない雑然とした文字が日本語でギッシリ詰まっている。
差出人は後藤真希だった。
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