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「でぇ、サラダ出来たでしょ、スープもほとんど完成でしょ」 「オムライスもあとはタマゴかけるだけですぅ」 「ジュースもこれだけあれば足りるでしょ」 「保田さんはワインがいいって言ってました」 「それも今用意する。つんく♂さんが、地下にあるの好きなだけ自由に飲んでいいって」 「おッ。サスガに太っ腹〜♪」 「グラタンもオッケー。でも予定よりは少し遅れそうかな。今5時40分ぐらい?」この食堂には時計がないため、正確な時間を把握できないでいる石川。高橋は自分のポケットに仕舞ってある携帯電話を取り出し時間を確認すると「圏外」の文字の隣りに「5:39」と表示されている。 電波の届かない地域であるこの屋敷では、携帯電話もただの時計の役割しか果たさない。 「うん・・・あと20分で全部はムズカシイかもです。食堂にはもうサラダとかは運んであるんやけど、他何かないっすか」 「うーん、他はもうアツアツ系と冷たい系ばっかりだしねぇ・・・食堂のほうはお皿とか、カトラリー大丈夫なの?」 「カトラリー?」 「ナイフとかフォークとかスプーンとか。人数分足りている?」 「多分・・・確認してきましょうか?」 「あっ、私見てくる! 愛ちゃんはそのままスープかき混ぜといて」 「ハイっ」石川はピラフの型押しがちょうど人数分終了し(その上から半熟のトロトロのタマゴをかける予定)、手の放せない―――とはいっても楽な高橋の仕事をそのまま続けさせて、自分は食堂へと向かった。
高橋は、本人がその気さえあればレストランのシェフだって可能なんじゃないか、と石川を手伝っていて思った。味見した限りでは、その出来はちょっと信じられなかったが高級店並のレベルだし、段取りも非常に練られていて無駄がない。 「ほとんど引きこもりみたいな生活だったよ」自嘲ぎみに言い放った石川だったが、週3回の料理教室と家庭の食卓の準備のために買い物に出掛けたりすることはあるという。 (石川さん、それって全然引きこもりじゃありませんよ・・・)高橋も―――あの武道館での集団レイプ事件によって、石川が男性恐怖症になったのは人づてに聞いて知っていた。もちろん表だってそのことは触れないが、本人曰く“テレビも見ない、ネットや携帯もしない”と言っていたので、相当重度なのではないかと感じた。男性を見たり、話したりするのも避ける程の。 そう考えると、昼間近所の料理教室やスーパーに買い物に行くのも、ほとんど男性と関わる機会はないので案外石川が極度の男性恐怖症であるというのも、噂によって大袈裟になったとは思えなくなってくるから不思議だ。この女だけの屋敷で石川がやけにイキイキ輝いているのもそのためなのだろうか、と高橋は妄想を膨らませる。 そして石川は吉澤との5年振りの再会の様子を、さらに興奮ぎみにこう語った。 「だからビックリしたよぉ! よっすぃーいつの間にか男の子になっちゃっているんだモン!」 「あはは、石川さんはあまりテレビ観ていないっていうから知らんかもしれませんけど、たまにあのカッコで出演していますよ。サマになってますよねぇ」 「ホント・・・ホントに素敵です・・・。よっすぃーは素敵です・・・」その時、石川は遥か彼方を見つめてキラキラとした瞳で恍惚の表情を浮かべていた。まさに“チャーミー石川”の真骨頂、あの微笑みだ。 「ひやああぁあ!!!」高橋はそんな先ほどまでの厨房の会話をホノボノと反芻していると、突然食堂から石川の絶叫が耳を突き抜ける。 スープをかき混ぜていた高橋は、一旦火を止めて声のしたほうへ駆けつける。開けっ放しにされた、食堂と厨房を結ぶ扉にもたれ掛かっている石川が青ざめた顔で小刻みに震えている。 「ど・・・どーしたんですかっ!? 石川さん!」 「あっ・・・あれ! あれっ!!」高橋は石川が指さしている、食堂の床に視線を移す。 綺麗に磨かれ黒光りしている大理石の床の上に、無惨に潰された虫の死骸。 「ぅわっ!」高橋も思わず叫びながら目を逸らす。 「愛ちゃん! お願い・・・片づけてよぉ・・・」 「い、嫌ですよ私もぉ!」茶色い羽がまくり上がり、身体から黄色い体液がにじみ出ている何かの昆虫の死骸。原形を留めていないが、高橋にとってはそれがゴキブリに見えた。 「でもぉ〜、今からこの食堂使うんだよぉ! 晩餐会がぁ!」ひたすらうろたえる石川。 しかし高橋にしても田舎育ちとはいえ、こういったグロデスクなものは苦手だ。二人で手を繋ぎあって、オロオロするばかりで打開策がまったく見あたらない。 (ああ、こんな時に男の子がおればなぁ・・・) 「梨華ちゃん、いるかぁ〜?」裏口から聞こえてきた脳天気な声。石川がいまだ困惑の表情のまま扉から顔だけ出して目をやると、そこに吉澤が裏口への通路から不思議そうに無人の厨房を見渡していた。 |
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