第67話グラデ左 グラデ右高橋と加護

「どもっ!」
「愛ちゃん・・・」
「こんちゃんは?」
「矢口さんに誘拐されちゃいました。夕食の準備は順調?」
 そう加護に訊かれて一瞬、高橋は言葉に詰まってしまった。
「う・ん〜チョット遅れ気味だけど・・・豪華な夕食になりそーだよ。いま休憩時間を石川さんに貰ったんです」
「へ〜、ねぇここに座ってっ」
 加護は、そばにある一番大きな三人掛けのソファーをポンポン叩いた。
 指示されるままにそこに腰を沈める高橋。

T E N

 加護と高橋は微妙な関係だ。モーニング娘。に加入したのは加護が先だが、年齢は高橋のほうが上。
 高橋が5期メンバーとして娘。の一員となったときには、すでに加護はファンの間ではカリスマ的な人気を誇っていた。バラエティ番組に出演するときなどは、5期メンバーに絡むことに消極的なベテラン組にかわって、笑い・ネタ関係でも大きな評価を得ていた加護がイニシアチブを握り、いまだ垢抜けない高橋たちを引っ張っていくことも多々あった。特にシャッフルユニットなどでは、事前にネタ合わせをしたりと芸人魂をたたき込むことに余念がなかった。
 結局それでも加入してから1年半ほどの間、高橋は自分のタレント適性の無さを痛感することがしばしばあった。加護らがテレビに順応しすぎていただけになおさら。

 だが、プライベートで二人きりになるとその加護の態度が一変する。姉に甘える妹のように手を繋いできたり、買ったクレープを「ひとくちチョーダイ」とじゃれてくる彼女に触れ、当初高橋は嬉しい半面、ひどく戸惑ったりもした。

(もしかしたら、このコは羨ましかったのかもしれない)
 モーニング娘。加入一年程が経過したころ、ようやく高橋はその行動原理について自分なりに整理することができた。
 一緒に行動することが多かった辻が、人目をはばからずに先輩やスタッフに甘え、そして愛情をたっぷり注がれている姿を常にクールな視線で加護は見ていた。嬉しい時には満面の笑みを浮かべ、悲しくなったときには目も当てられないほど落ち込む、裏表のない辻の無邪気な表現に加護は憧れていたのだ。
 複雑な家庭環境に育ち、周囲の顔色を窺いつつ幼い頃から打算的に生きていた加護とはシンメトリーを形成していた。姿形はとかく似ていると言われ続けていた二人だったが、その内面はまったく別でありワンセットに扱われることに対して一時期、加護はかなり複雑な想いがあったようだ。
 あるいは遥々奈良から上京し、寂しがりやの加護にとって、親元で暮らしている辻が仕事の中でも甘えているのを見て、どこか腹立たしい気分になっていた、という見方もできる。
 とにもかくにも加護の中にそんな複雑な感情が渦巻いていたときに、高橋ら5期メンバーが加入してきたのだ。
 だから加護が当時求めていて、その願望にスッポリはまった「後輩だけど、年上の娘メンバー」である高橋に、意外なほど甘えるようになったのはむしろ必然だったのかもしれない。

 しかし、あの武道館の事件が二人の仲を引き裂いた。

 そして再会。高橋は自分の夢を追いかけるのに夢中で、ほとんど連絡もしなかった加護に今さらどうやって接したらいいのか見当がつかない。

T E N

「この家ってゴキブリが多いの?」
 もう滞在して一週間にはなる加護に尋ねる。紺野を連れ去ったという矢口の名前を聞いて、居間でコミュニケーションノートを読んでいたときの悲鳴を思い出したのだ。
「ゴキ? ううん、私一回も見たことないんだけど・・・。さっき矢口さんが叫んでいたアレ?」
「ううん、さっきも食堂にゴキブリがおってぇ(居て)、吉澤さんに片づけてもらったんよ」
「ふーん、梨華ちゃんは大丈夫だった?」
「いやぁ。スゴい慌ててた。ギャーギャーって」
 加護は、その食堂での話を聞いて含み笑い。
 食堂で見かけた、無惨に潰された虫の死骸。パニックになる石川と高橋。そこへひょっこり現れた吉澤。彼女(彼?)は渋々になりながらも処理してくれたあとに、石川の耳元で何かささやいた。
 石川の表情が、なんとなくグレーに曇る。
 しばらく考えた後「愛ちゃん休憩っ! 10分!」とだけ告げて、吉澤と二人で地下のワイン庫へと消えていった。
 一人厨房に取り残された形となった高橋は火元を確認し、紺野と加護のいるはずの居間へ。だがそこにいるのは加護ひとりだけだった・・・。
「なんか石川さんは変わってませんよね。スッゴイ女の子らしくって。うん。
 男だったらあーゆーコを彼女にしたいって思うやろなぁ」
「へへへ、守ってあげたいってヤツ!? 実際、梨華ちゃんったら私がイナイと何にも出来ないんだから」
「え?」
 加護の言葉を聞いて一瞬目を丸くする高橋。
(それって逆じゃあ・・・)
 しかし加護の口調からは冗談を言っている雰囲気は読みとれず、表情もむしろ自信に満ち溢れている。
「梨華ちゃん、変な様子とかなかった?」
「いえ、別に・・・」
「うん、晩餐会に向けて気合い入っているもんね」
「あの・・・? 石川さんが何か・・・?」
 加護は安心したような、それでいてもの悲しい目で、ソファに座っているかつての仲間をじっと見つめる。時間にしてみれば5〜6秒だったかもしれないが、それは高橋にとってえらく長く感じた。
「あのね、梨華ちゃんはね“やじろべえ”なの」
「??」
「すごく、スゴク狭い範囲でしか生きられないの。“やじろべえ”の足場みたいに」
 よく分からなかった。
 少し考えれば、その「スゴク狭い範囲」というのが「男のいない世界」だということに高橋は気が付いたかも知れない。が、加護の突飛な比喩にあっけにとられて、石川のコンプレックスである男性恐怖症のことに言及しようとしているなんて、瞬間的にはそこまで考えが及ばなかったのだ。
「でね、その狭い足場の上でも・・・あっちに傾いたり・・・こっちに傾いて倒れそうになったりで・・・だれかが側にいてやらないと危なっかしくってしょうがないの、梨華ちゃんは」
 加護はそう言いながら両腕を左右にぴんと伸ばして上半身をゆっくりと傾けた。どうやら“やじろべえ”のポーズを真似ているらしい。
 微妙なニュアンスだったが、ようやく石川が精神的に不安定なことを遠回しにこのコは言っているのだな、と少しづつ高橋は理解しはじめた。
「やじろべえっすか・・・」
 今日、ここに集まるメンバーのほとんどが何らかのコンプレックスを抱えて生きている。
 歌が売れない、仕事がない、人前に出れない、歩けない、聞こえない―――。
 あまりにも大きすぎた「モーニング娘。」という存在。その重圧に耐えながらも、高橋は歌い続けるということで正面から立ち向かっていった。結果は決して成功とはいえないが―――まだ発散する場が与えられただけ、ほかのメンバーに比べればマシだったのかもしれない。
 歌いたくても歌えない娘。踊りたくても踊れない娘。
(“やじろべえ”ねぇ・・・)
 もしかしたら、そんなメンバーは石川だけじゃないのかもしれない。高橋はそう思うとやるせない気持ちになる。

 加護を見つめる。彼女の視線は、いつのまにか居間2階の壁から泰然と二人を見おろしている飯田画伯作の絵に張り付いていた。そういえば、と高橋は屋敷に来る途中の山道で、絵の作者本人から聞いた「あること」を思い出した。

「ああ、加護ちゃん知っとる? この絵には秘密があるって」
「ヒミツ?」
「うんっ、なんか来るときの車ン中で飯田さんゆうとってんけどぉ、ちょっとした謎解きがあるんやって」
「え〜この絵に?」
「うん」
「何?ナニ〜? 教えて?」
「いや、私もわからんですよ。飯田さん、もったいぶって教えてくれんかったし」
 改めて高橋もその絵を見つめる。
 タイトル「未来の扉」。飯田圭織作。油絵。
 縦長のキャンパス。黒バックの中央には光輝く扉と、そこへ続く階段。
 その周囲を飛び交う二等身で描かれている13人のメンバー。
 背中には天使の羽。一番上にはリーダーの飯田がメンバー全員を見守るように浮遊している。そこから時計回りに、矢口、紺野、高橋、保田、後藤、一番下には手を繋いでいる加護と辻。吉澤、新垣、石川、小川、安倍。そこでようやくキャンパスを一周する。
(何か並び方に法則性でもあるんやろか)
 高橋はどうもこういったクイズというか、頭の体操のようなものは苦手だ。
「う〜ん加護ちゃん分かる?」
「私も一週間ずっと暇なときボーっと見ていたけど・・・別に気になるところは・・・」
「あっ! 分かった分かった!」
 いきなり高橋が右手を上げる。
「ええっ! 分かったの!」
「うん。この絵のヒミツはね『プッチモニメンバーは全員右手を上げている』よ!」
「・・・」
「でしょ? 加護ちゃん」
「あのー、愛ちゃん。お言葉ですけど・・・小川ちゃんも右手を上げているよ・・・」
「あ、ホントだ」
「・・・・」
「・・・・」
 高橋がションボリ口を尖らせた表情が加護には妙におかしかった。そんな謎が分かったところで特に誇れることでもないと思うのだが、負けず嫌いの彼女は何としてでもその謎を解きあかすんだ、という気概に満ち溢れている。
「あ!」
 そこで再び高橋が声を張り上げる。
「分かった!分かった! 『タンポポメンバーは天使の羽が重なっていない』だっっ!」
「・・・」
「・・・あ。こんちゃんと新垣ちゃんもそうだ・・・」
 高橋が自分で突っ込んでくれたおかげで、加護は何も言うことはなかった。

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