第69話グラデ左 グラデ右小川

 武道館解散コンサートでの、モーニング娘。の楽屋。
 その部屋の隅で壁に向かって椅子の上でヒザを抱えてうつむいている辻を、しゃがんで下から見上げるように話しかけている安倍。ボソボソと、ささやきかけるように、でも保母さんのように暖かい喋り方だ。
 ちょうど現在ステージ上では、ファイナルコンサート第一部のユニット限定ライブが進行しており、ユニット参加の無い安倍や5期メンバーは、比較的時間に余裕があった。年長組のメンバーには、ほとんどユニット参加があるため、その楽屋にいづらかったのだろうか。安倍は年少組の控え室にわざわざ足を運び、さっきから緊張してカチカチになっているメンバーに色々声をかけて回っている。

 たまたま小川は、その二人の近くでライヴの台本を読んでいた。
 安倍の言葉の端々しか聞こえなかったが、どうやら最近、加護と喧嘩して沈みがちな辻を慰めているようだった。そして最後の安倍の一言だけ、ハッキリと小川の耳にも届いた。

「私たちみんな、これからもずっと・・・仲間じゃない」
 小川の台本のページをめくる手が、ピタっと止まった。
(ほんとうに・・・私、仲間だったのかな・・・)
  私にとって、モーニング娘。は何だったのだろう。
  モーニング娘。にとって、私は何だったのだろう。

 小川はそのことをずっと考えていた。
 もう解散が目と鼻の先と迫った今となっても。

 ファンの間の評価でも、そして自己評価においても、けっきょく小川はモーニング娘。における存在意義を見いだせないまま解散の日を迎えた、という結論に落ち着かざるを得ない。
 加入してからの2年。自分が同期の中でも、先輩メンバーの中においても人一倍成長したという自負はあった。ただひたずら、努力に努力を重ねた。自分の部屋で夜遅くまでダンスの自主トレをしたり、数少ないオフの日にも、ヴォイストレーニングに励んだり、楽器を習ったりとメンバーの目の届かないところで着実にステップアップしているという充実感はあった。
 その生真面目さから―――ときには他のメンバーから敬遠されることもあったが、成長を喜んでいる先輩も中にはいたことを人づてに聞いた。それがまた、小川にとって大きな励みにもなった。

 ただその小川が、モーニング娘。において前面に活躍する場がついに最後まで与えられることはなかった。
 そしてその努力が今後芸能活動の中で実るという保証もまた、どこにもない。

「・・・わ」
「・・・がわ・・・たの」
「小川、どうしたの?」
「はいっ!?」
 さっきから繰り返し聞こえていた安倍の声が自分を呼んでいると、ようやく小川は気がついた。
「もう、どうしちゃったのボーっとしてッ。最後だから気合いいれてこーぜ!」

「はぁ、すいません安倍さん」

「このところ変だよ、小川は」

「ごめんなさい・・・あの・・・考え事していたもので・・・」

「・・・事務所、まだ決まらないの?」

「・・・はい・・・」

「・・・うん、だけど最後の晴れ舞台だし・・・気持ちを切り替えて、最高のライヴにしなくちゃダメだよ。大丈夫?」

「すいません、ご心配かけて・・・もう大丈夫です。頑張ります」

「よしっ、お互いがんばろーね!」

 小川の背中を、パシッと励ましの意味を込めて叩く安倍。大きな音の割には痛くない。むしろその真心がダイレクトに伝わってきた気がする。
 だが安倍の笑顔が、かえって小川には辛く胸に突き刺さった。

T E N

 拡大・膨張を繰り返し、後に退けないところまで巨大化したハロープロジェクトも、モーニング娘。時代の終焉とともに、解体されることになった。大幅な人員整理が行われることになり、ある者は芸能界を去り、ある者はこれを機会に関連事務所を移籍したりと、それぞれが自分の道を決断しなければならなくなった。
 不完全燃焼のまま解散を迎えることになった小川は、当然今後も芸能界を続けて行きたいという意思を事務所側に申し出た。だが、それに対しての事務所サイドの返答は、来期の契約を更新しない―――つまり実質的な解雇通達であった。
 もちろん関連の芸能事務所への移籍を勧められたが、その事務所は契約を交わす直前に倒産。ほかにもいくつか小川は事務所に売り込みに行ったものの、なかなか条件に合う所は見つからなかった。
 面接に行った、とある事務所でハッキリ言われた。

「うーん、あんたねぇ。まだ15歳でしょ?
 事務員や電話番にさせるにも若すぎるしねぇ」
 こんな屈辱はないと思った。

 結局解散を迎えたこの日になっても、小川は今後の進路を決めかねていた。
 実家の新潟に帰ってきていいんだよ、と両親は言う。
 しかし一度エンターティメントの世界に生きた者がそうそう普通の生活に戻れるはずがない。しかも「モーニング娘。」という、一時代を築いたトップアイドルの一員という栄光のポジションから。両親もそれを分かっているのか、なかなか本人の意思を曲げるのは難しいと思ったのだろう、及び腰の説得に終始した。
 あの寝る間も惜しんだ、苦しいダンスレッスンは何だったのか。
 普通の15歳が何の変装もせずに渋谷に買い物や食事に行くといった生活とひきかえに得られた、ホール満員の観客に向かってスポットライトと歓声を全身に浴びながら手を振って応えた日々は何だったのか。

 解散を目前に控えたこんな時だというのに、辛いことばかりが思い出される。それもこれも、明るい未来が想像できないからだ。

  私にとって、モーニング娘。は何だったのだろう。
  モーニング娘。にとって、私は何だったのだろう。

 そして小川にとって過去、一番辛かった瞬間。
 解散コンサートの5ヶ月前まで時間はさかのぼる。

T E N

「あの・・・つんく♂さん、お話したいことがあるんですけれども」

「ん? 小川かぁ。ちょっと待っとってや。
 あ、みんなごくろーさん、明日のレコーディングも頼むな。高橋ぃ、さっきゆーといたことちゃんと練習しとけやー」

「はいッ、ありがとうございます。お疲れさまでしたー。
 あれ? 麻琴、帰らないの?」

「ううん、ちょっと用事があるから・・・今日は先に帰ってて」

「うん、じゃあお疲れ〜」

「バイバイ〜お疲れさま〜」

「・・・」

「・・・」

「じゃ、とりあえず座って」

「あ、ハイ」

「で、どーしたんや、小川。今回の曲のことか?」

「いえ・・・今後の私のことについてなんですけれども・・・」

「!・・・うん。小川、がんばっとるなぁとは思うよ」

「いえ、頑張っているのはあさ美ちゃんや高橋ちゃん、みんなそうなんですけれども・・・」

「色々聞いとるよ他のメンバーから。ギター練習しとるんやって?」

「ええ・・・何か特技増やさないとダメかなぁって」

「うん、でも頑張りすぎやないかなぁ。こなぁいだテレビ見とったら、目の下にクマできてたりしてたでぇ、あはははは」

「いえ・・・そうでもしないと私・・・グスッ」

「・・・? おっおい、どうした小川ぁ!」

「私・・・私、ガンバッテルモン・・・」

「いや、頑張ってるのは分かるし、そのうち・・・」

「いえもう、続けられません、きっと。グスツ。
 どんなに死にものぐるいでやったって、いつまでたっても私、モーニングのお荷物なんだもん・・・」

「そんな・・・そんなこと言うなや・・・」

「今日は言いたいことっていうのは・・・グスッ」

「まさか、小川・・・」

「私、モーニング、娘。グスッ、辞めようと、思います」

「!!」

「グスっ、うううう。ヒック、グスッ」

「・・・〜う〜ん」

「すいません・・・グスッ・・・許してください・・・せっかく・・・せっかく選んで・・・もらったのに・・・」

「ううん〜はぁ〜」

「グスッ・・・・?」

「・・・あのなぁ、小川」

「グスッ・・・はい・・・」

「これなぁ、明日ここでレコーディング終わったあとでな」

「・・・な・・・グスッ」

「終わったあとで、モーニングのメンバー全員の前で言おうと思っていたコトなんやけどな」

「・・・」

「うん、まあちょっと早いけどいいか・・・」

「何ですか・・・グス・・・」

「あのな」

 次の瞬間、つんく♂の口から漏れた思いも寄らない一言が、小川を襲った。
「モーニング娘。は、8月で解散するんや」

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