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何?・・・
真っ白だ・・・
ここどこだろう・・・
楽屋で落ち込んでいた、ののに声をかけた。
コンサート終わったの?
ああ、それにしてもこの臭い! くさい!
あれ? なんで私、座っているんだろう。
あ、誰かいる。 「よっすぃー!!」もう、なんで返事しないのよッ。 またスモークに隠れて消えちゃったじゃない。 でも、そこにいるのね。 待ってて・・・。
足元すらよく見えないな。すり足で近づこう。
あれ?
前のめりになって、安倍より頭3つ分ほど高い位置から見下ろす吉澤。無表情のまま、その目は焦点が定まっていない。 「よっすぃー、ねえ」安倍が近づくにつれ、吉澤の顔だけではなく上半身、そして全身の姿がぼんやりと浮かび上がってくる。 ようやく手の届く位置まで近づいてきた。 「ねぇ返事ぐらいしないさ・・・」吉澤の肩を少し背伸びして軽く叩く安倍。手のひらに、熱くてネバネバした液体がまとわりつく。 「・・・?」なおも無反応の吉澤。 その時だった。 安倍が近寄ってくるタイミングを見計らっていたのかのように、煙が晴れる。くっきりと、視界がひらけてきた。 吉澤の左肩から胸にかけて衣服が、ばっさりと引き裂かれ赤黒い血がステージ衣装を染めていた。 背が高い、と感じたのは吉澤の躰全体が少し浮いているためだった。つま先がかろうじて床に触れている。今の彼女を支えているのは、地面に突き刺さっている鉄パイプ。 安倍の足元から生えているパイプは、目の前でまっすぐ吉澤の下腹部を貫き背中から飛び出していた。 「ふひゃああ・・・」安倍は足の力がフッと抜けて、その場で尻餅をついた。 その姿勢のまま、後ずさる。
よっすぃーが。
分からない。分からない。分からない。誰か教えて。
「がぼぐぶ」吉澤の口から赤い液体が霧状になって、安倍の頭上に降り注ぐ。 赤い斑点が、安倍の白い肌に次々と刻み込まれる。
手足の震えが止まらない。
やがて、何かが右手につかえる。
よかった。新垣・・・。
安倍が新垣の肩を揺さぶる。
ごろん。
新垣の首が180度、向こう側に回転する。 「ひいっ!」
なぜこの霧が晴れないのか、分かってきた。
でも断言したっていい。ここはサーカスなんかじゃない。
細長い火柱が安倍の周辺にいくつか点在しているのが、かろうじて確認できる。歴史の教科書で見た、空襲を受けて焼け野原になった東京の風景を思い出した。しかし、今自分がその場所へタイムスリップした理由が思い出せない。
一刻も早くこの場所から逃げ出さなきゃならない。
そんなことはありえない、と安倍が思ったが、火柱のうちの一つが移動している。煙の向こうでぼやけている炎のうち、ひとつだけ徐々にくっきりと輪郭が見えてくる火柱がある。
その炎には、つり上がっている大きな目が二つ、ついていた。 「あんっぐ」安倍が奇妙な声を張り上げたのは、唾を飲み込むのと同時に、その火柱と目が合ったからだ。 反射的に逃げようとするが、はるかにその「腕の生えた火柱」が近寄ってくるスピードのほうが速い。
だめだ、つかまる。
そう思った瞬間、炎は安倍に届くか届かないかの距離のところで転んだ。「火柱が転ぶ」というのも奇妙だが、とにかく何か叫び声を上げながら、足元でのたうち回っている。すぐに足を引っ込めたが、まだ恐怖のあまり腰が抜けているのか立ち上がることすらままならない。
炎に包まれていた人は、やがてうつ伏せのまま動かなくなった。
黒コゲに焼けた人の、赤く生皮がめくれ上がった指先がかすかに動く。 「なっち助けて・・・」保田の声だった。
なんで私がこんな非道い処にいなくちゃいけないの。
出口はどこよ。
お願い、ここから出して。
次々を目の前で展開される地獄絵図。すでにコンサートのことや仲間のことなど、安倍にとってはもうどうでもよくなった。 「私だけでも生き残る」さっきまで震えていた身体がピタリと止まった。 腰から下に力が入らなかったのが、いまでは何事も無かったかのように立ち上がっている。
よっすぃー、新垣、圭ちゃん・・・。
みんな死んでいった。
選ばれたんだ、私。
だって私はこれからも、ミンナの前で注目され続けるもの。
安倍は吹っ切れた。
鉄骨が縦横無尽に突き出している中をかいくぐるように安倍は進む。炎と煙を避けているうちに、ここにたどり着いた。見たことがある。武道館のステージ下だ。
その穴から腕が、だらん、とぶら下がっているのを見つけた。ほんの3メートルほど先。鉄骨のパイプをまたいでいた安倍の動きが一瞬止まり、足を引っ込めて身構える。
長い黒髪とあどけない瞳。 「のの・・・?」辻希美が、そこにいた。 |
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