第75話グラデ左 グラデ右飯田と紺野

 居間の古時計の鐘が6回鳴ってから、随分時間がたつ。
 モーニング娘。同窓会の晩餐は6時開始の予定だったが、石川・高橋が言っていたとおり、準備が多少遅れているようだ。
 居間には夕食が始まるまでの自由時間を、それぞれ気ままに過ごしていたメンバーたちが続々集まってきている。

「あとは手の込んだ衣装のリーダー様だけ?」

「よっすぃー、一人肝心な人忘れているよ」

「そっか、けーちゃん!」

「飯田さん、何してんだろ〜もう始まるってゆーのに・・・」

「さっき部屋のぞいてみたら、メイクをバッチリしてたよ」

「おばちゃんおばちゃん」

「こら加護っ!」

「紺野ぉ、イマドキ札幌のお土産で『白い恋人』ってどうよ・・・」

 各々が好き勝手に雑談している。そこには屋敷に来たとき、どこか他人行儀な態度をとっていた安倍・矢口の姿もあった。やはり他のメンバーとは一定の距離を置いているといった印象は否めないものの、軽い雑談に応じるなど、幾分態度を軟化させてきているようではある。
「きたっ!!」
 紺野が、東棟の廊下の奧からゆっくりとあらわれたリーダーの姿を確認し、嬉しそうに叫んだ。

 真っ赤なルージュとマニキュア、そして身体の線がくっきり浮き出るドレスに包まれた飯田がファッションショーのモデルのような歩き方で、階段を一歩一歩降りてくる。
 大きく開いた胸元、そして深い谷間と理想的なバストの曲線には、同じ女同士にも関わらず矢口はドキドキした。
 その輝きに、居間にいるメンバー全員がため息を漏らす。
 意外にも髪はポニーテール。白いリボンで結んでいるが、きらびやかな紅色のロングドレスにはあまり似合っていないような気がした。少なくとも、そこにいる後輩たちは。
 こんなセクシーなドレスにこそ、あえて幼い髪型にするより飯田の艶やかなロングストレートが本領を発揮するはずなのだが。

「準備できましたー!」
 石川が食堂のドアから、顔だけをひょっこり出して居間にいる皆に伝えた。
「お〜やっと出来たかぁ」
 お腹が空いている矢口が嬉しそうに、舌なめずりをしながら立ち上がる。他のメンバーも三々五々食堂へと向かう。
 中では高橋がテキパキと食器をテーブルの上に並べたり、料理を厨房から運んできたりしている。
 様々なディナーの香り漂い、おやつの時と同じく恍惚の表情を浮かべる紺野。
「もうお腹、ペコペコだよぉ」
 加護が情けない声をあげる。
「あんなに紺野のお土産食べたのに?」
 吉澤の絶妙なタイミングでのツッコミに、ほとんどのメンバーが大笑いした。

 その時一回だけ鳴り響いた、古時計の音。
 まだその音に慣れていないのか、何人かのメンバーが驚きのため肩をビクリ、と動かす。
 6時30分。
 ディナー30分押し。
 コンサートやテレビ番組の収録などは往々にして時間通りに進行しないものだったが、メンバーだけで集まる同窓会もその例外ではなかった。

 2階の遊技場への重厚な階段。歴史を感じさせる暖炉。ゴージャスな食器棚。こういったものに囲まれて生活するのはどんな気分だろう、と矢口は思う。

(毎日ディズニーランドで、寝起きしているみたいな気分かなぁ)
 食堂のまわりの壁には、加護がこの屋敷に滞在してからの一週間で作ったという、色とりどりの紙で作ったポップやオブジェ、花飾りなどが彩りを添えている。それはこの渋い食堂にマッチしているかどうかは個人の判断に任せるとして、洋館の堅苦しい雰囲気を和らげるには十分だった。
 特に「第1回・モーニング娘。同窓会!」と書かれてあるボード。
 ハートマークや星、加護が描いた独特のメンバーの似顔絵(名前が記されていないので、まったく誰が誰だか分からない)などがタイトルの周囲を賑わしている可愛らしい仕上がりだ。

 それぞれが食堂の席に着く。テーブルの上の座席を示す名札も、加護のお手製だ。吉澤の名札が「よっすぃー」なのは当然だとしても、高橋のそれが「たかはす」なのには、本人も微妙な笑顔を浮かべるしかなかった。
 アンティークチェア、超ロングテーブル、黄金に輝く燭台―――どれをとっても映画やマンガでいわゆる「大金持ち」を描写する際に使われるようなグッズが、当然のように目の前に並んでいる。
 細長いテーブルの端に飯田。
 それを挟み込むように両サイドの片側(厨房側)が石川・加護・吉澤・安倍、その反対側(階段側)に紺野・高橋・矢口が座る。
 これだけ座っても隣の席同士、かなり余裕がある。リッチな食器に盛られた豪華なディナーも、無理なく散らして並べられている。
 矢口の隣りは空席になっているが、そこには後から遅れて到着する保田が座る予定だ。
 幹事であるリーダーは、みんなを見渡せる場所。高橋はその風格から、さながら洋館の女主人(しかも未亡人という設定)のように感じた。本人に言ったら怒るだろうが。

 すべての料理が運び終わり、石川と高橋もそれぞれの席についた。

 リーダーの隣りに座っている紺野が高らかに宣言する。

「えー、本来なら我らがリーダー飯田圭織幹事がご挨拶するはずですが、都合により不祥ながらわたくし紺野あさ美が副幹事として本日のモーニング娘。同窓会の進行をつとめさせていただきます」
「都合により」―――そんな遠回しな言い方しなくったって、誰しもが分かっている。

 声量がもともと少ない紺野が必死になって声を張り上げる姿は、昔と変わらずどこかしら滑稽だ。
 パチパチパチ、とわき起こる拍手。しかし、どのメンバーも苦笑い。

「このあとサブリーダー保田さんがこられることになっておりますが、仕事の関係で少し遅れているようなので、料理が冷めないうちに一足お先に開催したいと思います。それでは、リーダーの開会の挨拶を読ませていただきます」
 紺野は胸のポケットから四つ折りになっている便箋のようなものを取り出し、それを読み始めた。
「みんな、忙しいなか集まってくれてありがとう。解散から5年たちました。
 本当はもっと早くこうした集まりを開くべきでしたが、私自身心の整理がつくのに、相当時間がかかったというのが正直なところです。
 本来なら13―――OGも含めて17人集まれば一番よかったのですが、ああいった悲しい出来事などがありまして。
 今日はあの子たちの冥福をみんなで祈るということも含めて、でもしんみりするのは私たちらしくないので、あの子たちが天国から見てても恥ずかしくない立派な生き方をしているゾ、というところをミンナで確認しあうような、そんな同窓会にしたいと思います。
 あと小川さんの一刻も早い回復も、みんなで祈りましょう
モーニング娘。リーダー 飯田圭織」

 パチパチパチ。何人かのメンバーは小さく頷きながら拍手している。
 付け加えるように、リーダーが手話で紺野に何かを伝えた。
「5年たったけど、ミンナいい顔している、って」
  この5年、いろいろあった。苦しいことも、悲しいことも。
  過去を忘れて生きてゆくことはできない。
  でも過去ではなく、未来に向かって生きていかねばならない。
  志半ばで人生が途切れてしまったあの子達のためにも。
「・・・それでは若くしてこの世を去った、私たちのかけがえのない仲間。辻希美さん、新垣里沙さん―――そして後藤真希さんのご冥福を祈って一分間の黙祷をお願いします。黙祷」
 ・・・・・・・

 紺野が「黙祷、やめ」と言ったその瞬間、玄関の呼び鈴が鳴り響いた。
 最後の参加者の到着を知らせるチャイムだ。

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