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保田が着席したあと、飯田はテーブルの周りをグルッと一通り見渡す。 目の前に次々と並べられた料理が待ちきれない様子の者。 隣りに座った、久しぶりの仲間と楽しそうに会話を交わす者。 あたかも自分は関係ない、といった態度で食堂のこの様子をやや冷めた目で見つめている者。 メンバー各々が、この同窓会に臨む姿勢はバラバラだ。 そして解散から5年という月日の間に、歩んできた道のりも―――またそれぞれに違っていた。
武道館爆破事件の混乱に紛れて、観客に暴行を受ける。それがトラウマ(精神的外傷)となり極端な男性恐怖症に陥り、芸能界を引退。この5年間ほとんど自宅に引きこもる生活が続いていたが、加護とは個人的な交流を深めていた。料理・掃除などの家事を得意とする。同窓会では、加護とともにつんく♂邸に1週間前から滞在し、二人で準備を進めてきた。
武道館爆破事件により、下半身の自由を失う。入院した先で自殺未遂を図るが、後藤に一命をとめられる。以降メンバーの中で唯一、記憶喪失になった後藤と交流。芸能界を引退後、実家には戻らずに関東地方の養護施設を転々とする。つんく♂邸にいち早く来て、石川の心の支えになっている。
爆破事件で身体中に消えない傷跡を含め、大怪我を負う。それを機に、男性へと性転換し「おなべ系タレント」として活躍。また新宿にバー“Doll’s EYE”という店を経営。繁盛している。この5年間は、メンバーとは一線を画した独自の活動をしてきた。
事件の衝撃により、アイドル時代最大の魅力であった、心からの笑顔を失う。その後いちはやく芸能界に復帰し、女優に標準を絞って活動。順調にキャリアを伸ばし、5年の間に実力派としての地位を固める。メンバーとはあまり交流が無かったが、今回の同窓会では参加を渋る矢口を半ば強引に誘う。
爆破事件の怪我が完治すると同時に芸能界を引退。地元に戻り普通の高校生活を送る。その後、東京の難関私大に現役合格。再び上京後、今から半年ほど前飯田にメンバーの中で最初に同窓会の相談を持ちかけられる。慣れないクルマの運転でこの山奥の洋館までやってきた。
事件後周囲の反対を押し切って、ソロシンガーとしてデビュー。根強いファン層が支えているものの、売り上げ的には低迷が続く。グラビア誌など、ビジュアル関係のオファーもあったが、断ることが多かった。あくまでも、シンガーソングライターとして成長した姿を、保田に見せたいがために孤軍奮闘した。
あの事件に遭遇したメンバーの中で、一番軽い怪我で済んだ。しかし、自分の持ち味を活かせる仕事が回ってこないために、徐々に芸能界での居場所を失ってゆく。この同窓会は、そんな自分の落ちぶれた姿を見せたくないという想いもあり、参加しないつもりだった。
例の武道館の爆破事件により、顔に大怪我を負う。当初傷が残ると言われたが、単身渡米し治療に専念。かなり傷痕は癒えたものの、まだ顔の右半分には残っている。アメリカでの後藤の自殺の現場に立ち会った。近年では日本で「犬神音子」の芸名でFMラジオパーソナリティとして活躍する傍ら、ソロシンガーとしてもデビュー。2枚のCDシングルはいずれもスマッシュヒットを飛ばす。
そして最後。この同窓会の主催者でありモーニング娘。最後のリーダー―――
やはり事件により、聴覚を失う。以後メンバーとはほとんど接触せずに、別ペンネームで文筆業を細々と続けている。リーダーとして、この同窓会を立案・企画し開催までこぎつける。つんく♂邸の居間に飾ってあるメンバー全員が描かれている油絵は、飯田が贈ったものである。
解散から5年。
辻希美、享年16歳。 (生きていれば、今日で23歳になっていたんだよね・・・)保田は、胸がじわじわと痛む。 誰も話題にあげないのは、別に知らないからというわけじゃない。 思い出すのが辛いのだ。 9月23日。 この日は、後藤の誕生日でもある。
あの事件に遭遇したメンバーの中で、生きている者は5年間病室のベッドでずっと寝たきりの小川麻琴を除いて―――すべてここに集まった。
保田が立ち上がりグラスを掲げる。
グラスを掲げたまま目を閉じ、感無量、といった表情を浮かべる保田。 「モーニング娘。5年振りの再会と、今後のミンナの活躍を祈って乾杯!」 「かんぱぁーい!!!!」 「ベイベー!」2008年9月23日・午後6時50分。 最初で最後の、モーニング娘。同窓会が始まった。 |
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