第83話グラデ左 グラデ右高橋

 矢口はその言葉を受けて、なぜか言った保田にではなく高橋の方へとそっと振り向いた。
(うた、か・・・)
 高橋は、知っている。
 初期メンバーが、いかに音楽に対して思い入れがあるかということを。しかし、そのやりたい音楽の方向性がモーニング娘。後期になると、どんどんズレていったのも、また察していた。
 誰が悪いわけではない。
 モーニング娘。自体が巨大な文化であり、産業でもあり、そこに関わる人間は膨大な数に及んでいた。具体的には、それは事務所だったり、スポンサーであったり、ファンであったりする。
 娘。に加入して数日で―――高橋はそのどうにもならない「巨大な力」の存在を知ることになる。
 そこにはメンバーの意思や酌量などは、ほどんど反映されることはない。加入してから、解散(あるいは脱退)するまで、その巨大な歯車の一部として休むことなく動き続けることしか許されない世界なのだ。

 わずか15歳で、世の中の「仕組み」を悟り、しかもその自分が組み込まれた組織の大きさを肌で感じ、はるばる福井から上京してきたという不安も相まって高橋は長い間萎縮してしまっていた。いや、今でもなんだかココには居場所がないなぁ、と感じることが度々ある。
 ほかの5期メンバーもそうだったに違いない。
 しかし初期のメンバーは、その巨大な歯車に戸惑いつつも堂々としていた。当然である。自分たちが、そのモーニング娘。という存在を、社会現象にまで押し上げたという自負があったから。
 だから解散後、やっとグループのカラーを気にせずにソロ活動が出来るようになるにもかかわらず、矢口がシンガーの選択肢を取らなかったのは、高橋にとっても意外だった。

「歌、かぁ・・・」
 高橋は自分も含め、今ここにいるメンバー全員が(うた、かあ・・・)と心の中でつぶやたに違いない、と思った。
「オイラの場合、ミニモニ。が大きなターニングポイントだったかなって思う」
 そのセリフに限っては、矢口はまるで加護ひとりに向けて語りかけているようだった。
「ミニモニ。は大きな存在になりすぎた、みたいな」
「かもね」
 保田もクールに分析する。自分のことを話すのには、あれほど躊躇している割には、他のメンバーのことに関してはこの5年の隠居生活の間に想うことも多かったのだろうか、心なしか饒舌になる。
「キャラクター商品になったり、アニメになったり・・・うん、一人歩きしているっていうイメージはあったかな」
「私もサ、まさか期間限定っていってたミニモニ。があんなに、ずっと続くとは思ってなかったし」
「でもあの頃は―――けっこうムチャな仕事もあったけど―――ぜったい弱音見せなかったよね。いや矢口だけじゃなくてミンナ」
「・・・」
「とくに矢口は夏のライヴで倒れたりとか、変なカッコさせられたりとか。
 うん、ちっちゃい身体でがんばってるなーって思った」
「いや、今思うとミニモニ。なんて、子供ダマシみたいな感じだしぃ・・・」
「そお? 私は」
 保田は口の周りを拭いて、一呼吸置く。
「嫌いじゃなかったけど」
「でもっ」
 保田と矢口の会話に、唐突に加護が口を挟む。
「ミニモニ。の矢口さんはっ」
「何?」
「・・・」
 加護はうつむいて黙りこんでしまった。

 加護と矢口と保田。それぞれの気持ちが、高橋には痛いほど理解できる。
 過去の思い出を美化していたい加護。
 過去の栄光と現在の凋落の格差に思い悩み、袋小路に迷い込んでいる矢口。
 現在がほぼ順風満帆だからこそ、あの頃は良かったと素直に言える保田。

 そして高橋は彼女ら3人の生き様を丁度足して3で割ったような(実際にはそんな単純な図式ではないけど)、そんな5年間だった。

 アイドルグループは所詮、集団催眠のようなものだ。
 どんな歌を唄おうが、どんな衣装を着ようが、それこそどんなお寒いコントをしようが、ファンの声援がある限り何の疑問も抱かずに仕事を続けられた。

 だが一人になり、客席もまばらな地方のイベントなどで歌うと、急に虚しさがこみ上げてくる。高橋は今でも、ソロになりたての頃を強烈に覚えている。
 本当に純粋に自分の好きな歌だけを唄うためにソロになったのに、満員に埋め尽くされたホールとノリノリの観客を期待してしまう。しかし、それが過去の思い出のひとつとなってしまったことを知ったときの、心にぽっかりと大きな穴が空いた感じ。
 本当に自分は歌が好きなのか。
 ただ単にチヤホヤされたいために、モーニング娘。になったんじゃないのか。
 高橋は自分の中に沸き上がった、そんな疑念を晴らすために意地になって5年間、シンガーとして頑張ってきたのかもしれない。保田との約束は、単なる建て前―――とまではいかないまでも。

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