第86話グラデ左 グラデ右安倍

「ホラホラ! いま自分のこと『わたし』って言った!」
 保田が鬼の首を穫ったかのように、ハシャギまくる。
「昔は、なっち、って言ってたのにね〜」
 と、加護も笑う。
「あ〜そーゆーこと? それ、ここに来る途中、やぐっつぁんにも言われたよ」
「ねー、なんか変な感じじゃない?」
 矢口は他のメンバーにも同意を求めたが、ほぼ全員一致のようだった。
(でも今はルックスの話しているじゃん)
 安倍は「変わった」と言われることに対しては、あまりいい気がしない。自分たちがモーニング娘。に加入する前と後を較べることを考えれば、変化というより「進化」でありたいと思う。
 そのために自分は日々慢心することなく努力を続けてきたのだ。
 矢口にしても、保田にしても、彼女らの発言には現在の安倍を否定しているかのようなニュアンスが含まれているのが、少しだけ気に入らなかった。
「いや呼び方だけじゃなく・・・どこか雰囲気が・・・」
「雰囲気って?」
「オトナになったってか・・・」
「大人?」
 そういった言われ方もまた、安倍とっては納得がいかない。
 年齢的にはここに集まっているメンバーの中では、最年長の保田と一つしか違わない。昔は童顔ということもあって、2トップの片割れの後藤が4歳年下にもかかわらず大人っぽいキャラが定着する一方で、安倍には子供相手に動揺を歌うなどといった仕事が多かった。
 でも現在は違う。
 歳相応の役柄もちゃんとこなしているし、一定の評価を得ている。
 未だにモーニング娘。だった頃の安倍なつみを、押しつけられているような気がしてならないのだ。特に保田に関しては、日本をしばらく離れていたことも影響しているのだろうか、安倍に限らずメンバー全てにおいて過去のキャラクターのまま接しているような姿勢すら感じられる。
「そんな・・・ねぇ、いつまでも無邪気な感じだと、(女優として)役が限定されてしまうし・・・」
「ううん、そんなんじゃなくて今のなっちって、どこか影があるような・・・そんな感じしない? 矢口」
「影?」
 その瞬間、安倍の眉間にくっきりとした縦皺が2本、浮かび上がった。
 今まで見せたこともないような憎悪に満ちた表情。発言した張本人の保田はまったく気付いていないようだが、矢口はしっかりとその黒い波動を真正面から受けとめて心底背筋がゾッとした。
「ちょ、ちょっと圭ちゃん」
 矢口が慌てて言葉を遮る。
(圭ちゃんったら、いくら日本を長いこと離れていたからって、なっちが笑顔を失ったことぐらいは・・・知らないの? もしかして)
 安倍もさすがにマズいと思ったのか慌てて表情を取り繕って、涼しい顔で話を流すつもりのようだ。
「なっちだってねぇ、その〜あの・・・」
「ねえ、カオリもそう思わない?・・・って聞こえないんだっけ」
 保田のテーブルの位置だと、同窓会幹事・飯田に話かけるということは距離的にかなり遠くなるので割と大きめの声で話しかけたが、そのこと自体あまり意味のないことに喋ってから気が付いた。
「いえ・・・ある程度は唇を読むことができるみたいですよ」
 と紺野は言ったものの、念のため今保田が話しかけたことを手話で飯田に伝える。飯田はメンバーたちの会話を「読む」ことに必死のためか、あまり並べられた料理が減っていないのに石川は気が付いた。
 飯田は少し首を捻って考えた後、紺野に何かを伝える。
「(変わった、変わってないは問題じゃない)」
「(なっちらしく生きているかどうか、が大切なんじゃない)」
「(私は、今のなっちがとっても好き)・・・と言っています」
 紺野はその手話を「翻訳」して皆に伝えていたが、なんだか照れ臭くもあり、心にジン、響くものもあったりと複雑だった。

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