第87話グラデ左 グラデ右飯田

 それまで無口だった(当然だが)元リーダーである飯田は、彼女なりの表現でこの5年を振り返る。
 手話での伝達のため「饒舌」という言葉は相応しくないかもしれないが、雰囲気としてはそんな感じ。それぞれのメンバーの「現在(いま)」に対する印象を、飯田が一気に語り始めた。

T E N

圭ちゃん―――
 よくあんなにヒドい怪我になったのに、こうやって回復してこれたよね。
 なんかね、まだ音楽捨ててないって知ったときはホッとしたよ。
 ああ、やっぱ圭ちゃんはそうでなくっちゃ!って。
 私、新曲は一度も聴いてないけど・・・聴けないけど・・・きっとイイ歌なんだろうなって思う。

なっち―――
 ドラマや映画とか・・・うん、がんばってるなーって感じでいつも観てる。
 ホント、貫禄ついてきたってゆーか・・・私、耳聞こえないじゃん?
 だからね、余計・・・なんてゆーのかな、細かい表情まで「女優」してるよね。伝わってくるよ。演技しているってレベルじゃなくて。

よっすぃー―――
 最初、男になるって聞いた時は、チョット・・・いや相当ビックリしたけど。
 でもあれから5年。
 もう、私と出会った時から計算すると男の子のときの期間のほうが長いんだよね。
 私の心の中では、モーニング娘。だった頃のよっすぃーとは別人だって割り切っている。
 で、どっち?って言われたら私は今のよっすぃーが大好き。カッコいいもん。見た目も、生き方も。

高橋。
 思い出すなぁ。
 モーニングだったころ、バラエティ番組の収録終わった後に一人で泣いていたの。
 ホントは純粋に歌いたくて加入したのにね。バラエティ苦手だったもんね。
 だから、今は初志貫徹で歌い続けている高橋の姿を見て、リーダーとして嬉しく思います。
 貴女がいてくれるから、記憶の片隅に残っている「モーニング娘。」を歌のグループだった、そう人々は思い出してくれるのかもしれません。

加護―――石川―――
 この食堂の飾り・・・
 このご馳走・・・
 ホント、素敵。
 みんな今日の同窓会、正直なところ期待半分未満、不安半分以上だったと思うの。
 でも大成功。あなたたちの一週間にも及ぶ入念な準備のおかげ。
 リーダーとして、代表して言わせてもらいます。ありがとう。

T E N

 不思議な空間だった。
 喋らない飯田はただ、両腕をせわしなく動かしているだけ。
 それを“通訳”して皆に伝えている紺野の声と、涙ぐんでいるメンバーの鼻をすする音だけが、広々とした食堂に響き渡っている。
 紺野の抑揚のない声と妙な間で淡々と語られる、飯田の想い。
 ただ一人、少し手話が理解できるという安倍だけは紺野の独特の間に戸惑うことなく、飯田の手話のリズムに合わせて相槌を打っている。

「変わった、変わってないは問題じゃない。困難にもめげずに、自分らしく生きている仲間がいる。
 それが私にとってはスゴク嬉しいことなの」
 まだケチャップが周りに少し残っている紺野の口から発せられたリーダーの言葉は、そう締めくくられた。ずっと食べっぱなしだった紺野が、今度は一転して喋りっぱなし。
 さっきまでしみじみ語っていた飯田の言葉。
「飯田さぁん、一気に話さない下さいよう、もう。
 大体なんで、さっきまで持っていたスケッチブック置いてきちゃったんですかぁ。あれがあれば(私が)ラクなのに」
 それが同じ声なのに、情けない紺野自身の愚痴に変わったので、今までのしんみりとした雰囲気がひっくり返った。
 高橋などは「もうっ!」と涙を拭きながら、紺野をぱしぱし叩くが本人にはその意味が伝わっていないようだった。

 そういえば飯田圭織は、この屋敷に来た当初はスケッチブックを片手に、言いたいことはそれに文字を書いて筆談で会話していたのを、石川は思い出した。

(なんでって・・・だって)
 飯田は、愚問ねと言わんばかりに堂々とした手話で紺野に伝えた。

 あんなの片手に持っていたらせっかくのドレスに似合わないじゃない、と。

 紺野は妙に納得した。
 それは、お洒落にこだわる飯田ならではの美学なのだ。
 彼女もまた、他のメンバー以上に「自分らしく」生きていることに誇りを持っているのだ。

グラデ右 next to ... 第88話 紺野

グラデ右 最初に戻る ■  トップページ