第88話グラデ左 グラデ右紺野

 確かに飯田の、あのきらびやかなドレスにスケッチブックを携えた姿はどことなく間が抜けているのは、紺野も理解できる。そして食事中にスケッチブックに何かをサラサラ書き込んで会話に割って入るのも。
 しかし紺野が今のリーダーから感じたある種の窮屈さは、別にコミュニケーションの手段が制限されている人間特有の不自由さというニュアンスではない。
 どちらかというとプライドと世界観を大切にするタイプの人間に陥りがちな自己陶酔の世界―――。

 思えば昔からそうだったかもしれない。第三者から見たら滑稽な飯田の言動。メンバー、歌、ダンス、芸能人としての在り方―――時として彼女は彼女なりの解釈で、後輩に解説をすることがあった。紺野ら5期メンバー加入当時は、特に就任したてのリーダーとしてのプレッシャーもあったのだろう、そういったケースが多く見られた。しかし大半は意味不明な、理解し難い比喩や独自の理論を貫き通すことがほとんどで、当時は新メンバー同士で、その解釈を巡って語り合っていたのを思い出す(そして、そんな自分たちを見かねて「カオリ ンの言っていることは、深く考えることないからね」と苦笑しながら声をかけてくれた矢口も)。
 彼女を、分かった風な人間が単なるボケキャラ、電波系キャラと素気なく片づけてしまうことは容易いだろう。でも紺野自身、そんな飯田をバカにする気持ちが微塵も浮かんでこなかったのは、やはり彼女が至って生真面目に仕事に取り組んでいるということが、肌に伝わってきたからだろう。流行り・廃りに流されがちが芸能界に5年以上もいながら、一貫したアイデンティティを確立していたリーダーを誇りにすら思っていた。
 ただ、その表現方法や美意識が、世間一般と若干ズレていたのもまた事実だけれども。

 他人が見て不可解に思える言動も、本人にしてみればそれほど気にも留めていないこともあるし、その逆もまたしかりだ。「自分らしく」生きるということには、おしなべてそういった意識のズレが生じることも多々あってしかるべきだと紺野は思う。飯田はモーニング娘。の中でも、唯一無二の世界観を強く持ち続けている人間だった。
 紺野は今のリーダーの返事を貰って、長い間ぼんやりと飯田に持ち続けていた窮屈さのイメージが、ようやく確信に変わりつつあった。

 理解できない意識のズレ。
 モーニング娘。加入当時に、自分のペースで行動して、リーダーをハラハラさせていたという自分と飯田の関係性もまた、それにあてはまるのでは―――。最初の頃「水と油」と称されていた飯田とはもしかしたら、グループの中では似たような存在だったのかもしれない、と紺野は自分で思うのだった。
 すなわち、ありのままに生きているのに他人の目にはとても滑稽に映ってしまうところが。

 当初、紺野は自分が「変わった女のコ」として扱われるのはむしろ意外だと感じていた。芸能人としてのフォーマットから見ればそうなのかもしれないが、モーニング娘。自体には原色「素人」個性集団のようなイメージを加入前から抱いていたので、無理にキャラを作るより何も考えずに一生懸命さをアピールすれば、ヘンな意味で浮くこともないだろうと安心していたからだ。
 だから他の同期のメンバーから「あさ美ちゃんは、いいなぁキャラが立っているし」と言われてもピンとこなかった。加入したてで色々覚えることが多くて、前に出ているつもりもキャラを作っているつもりもなかった時期の話だ。単に番組収録中に事故で怪我をしたりと、周囲もモノ珍しかっただけなのかもしれないと当時は思っていたのだが。
 それに先輩メンバーも当時、特別にキャラを立てようとは思っていなかったはず。だけど質こそ違えど「芯の強さ」は持っていた気がする。歌やトークやダンス―――それぞれで自分の居場所を見つけるのに、躍起になっていた。
 保田に至っては「ギラギラしている」とさえ評されていた。そんな先輩達を見るにつけ、やっぱり彼女らは「選ばれた人たち」なんだなと納得した。

 ・・・だったら。

  私らしさって何だろう。
  私の「芯の強さ」って何だったんだろう。

 ―――今でも紺野はときどき考えたりする。

(新垣ちゃんは、モーニング娘。が本当に好きだった。そして加入した。
 愛ちゃんも、歌手になりたいという意地があった。
 私、何でモーニング娘。になっちゃったんだろう。友達に誘われて、大して真面目に考えないでオーディションに応募した。そしてあろうことか何かの間違いで―――今でもそう思っている―――合格してしまった。
 その時点では、まだ引き返すことだって出来たはずだ。なんで歌もダンスも下手くそなのに、意地になっていたんだろう。東京のゴミゴミした雰囲気が嫌いだった。札幌で普通の女の子として生きる選択肢もあったろうに。

  ―――負けたくない―――!

 そうだ。のんびり屋のクセして負けず嫌い。深く考えずに何にでも頭を突っ込んでは、最後までやり通さないと気が済まなくて周囲をヒヤヒヤさせる・・・。
 もしかして、それが「私らしさ」なのかな?)

 そしてモーニング娘。の解散が決定した。まさかとは思ったが、他の事務所からタレントとして移籍しないかという誘いがあった。紺野は二つ返事で、この話に乗ることにした。インタビューでは「モーニング娘。じゃなくなったら、札幌に帰りたいですねぇ」と語っていたのにもかかわらず、だ。
 やはり紺野自身にも不完全燃焼で解散を迎えた、このままで終わりたくないといった意識が心のどこかにあったのだ。まだまだ自分という存在を芸能界でアピールしたかったのだ。
 加入してから、即座に自分も歯車の一つに過ぎないと悟った。芸能人といえども、所詮は海岸の砂の一粒に過ぎないということも理解した。しかしそれでも構わないと思った。自分はスーパースターだ、砂なんかじゃない、金塊だと意地を張るよりも―――多くの中で輝く砂の一粒であればそれでいい。そうあり続けるために、苦しみもがくのは決して格好悪いことなんかじゃない―――
 紺野は、バラエティタレントとして第二の芸能人生を歩むことを決意した。

 だが結局あの武道館での事件が、全てを変えてしまった。事務所を移籍し、芸能人を続けるという予定は家族の猛反対にあい、断念せざるを得なかった。

 あれから5年。さすがに紺野の胸の奥に静かに燃えていた野心は薄らいで、今となっては芸能界に復帰しようという気持ちは無いに等しい。でも、意地を貫き通して芸能人を続けている仲間をこうして目の当たりにすると、嬉しいと同時に、羨ましいという感情も少なからず沸き上がってくるのを紺野自身も感じていた。
 だがあの時の紺野には、逆風に耐えながら芸能人を続ける理由も能力また、ゼロに等しかった。

(なんで続けなかったんだろう?)
  ―――そう思うこともあったけど、後悔したとこは一度もない。
(そういった思考回路もまた、他のメンバーからしてみれば理解できないことなのかな?)
 だが、お互い分かり合えないことを理解した瞬間に、深い絆で結ばれることだってあるはずだ。誰かを責めるより、嫉妬して悔し涙を流すより「いろんな人がいるんだな」と悟ることのほうが、はるかに気が楽で人を好きになれる。  多分、さっき飯田が語った「今のミンナが好き」といった話は、そういったことを伝えたかったのかもしれない。
 そして紺野もまた、リーダーのその言葉には諸手を挙げて賛成したい気分で一杯だ。
 それぞれ違った個性が、ただ一つ「モーニング娘。を愛している」という共通意識の中で切磋琢磨して、少しづつお互いを好きになっていった。その温かさは当のメンバー同士しか分からないし、紺野自身もこの5年間、忘れかけていたものだ。
 その想いが今、山奥のメンバーだけでの同窓会というこの場で甦った。
「紺野?」
「・・・」
「紺野!」
「はい? な・・んですか石川さん」
「いや・・・何か・・・ボ〜っとしていたから・・・。考え事?」
「はぁ・・・いえ、全然・・・」
「ぷぷっ」
「え、何がおかしいんですかぁ?」
「変わってないなぁ紺野も、と思って。ポケ〜っとしているところなんか特に」

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