|
|
|
|
食べるか、ボ〜っとしているかどっちかなんだよね、と紺野に言うとそんなこと無いですよ〜と意地になって否定する。本当のところ石川は分かっていて、からかっているのだ。 紺野は何も考えていないようで、前向きにいろんなことをコンピューターのようにものすごい勢いで考えているような女の子。思いつきで突っ走ってしまう石川とはある意味対称的であり、誤解を受けやすいタイプなのかもしれない。
石川がかなり気合いを入れて、腕を振るった料理。テーブルを見渡してみると、ほとんどのメンバーの皿の上は綺麗に片づいており、それを見て心底ホッとした。・・・さきほどのノドが詰まって悶える紺野には、ビックリしたが。 「じゃあ・・・石川は料理が趣味なんだ」 「ええ・・・今プー太郎なんで暇なだけです。えへへ」 「まあ、若いウチからあれだけ働いたんだからいいじゃん」 「若いって・・・何か急に年寄りになった気分だなぁ〜」 「だって、石川もう23でしょ? あンた私なんて20そこそこの頃からオバチャン呼ばわりされていたんだから!」 「あははは、そうでしたよね。ゴメンゴメン」 「でもこの料理はホント、趣味の領域超えているわ」 「そんなことないですぅ。なんか芸能界引退してから、家でボーッとしていたらぁ、お母さんが料理手伝いなさいって言ってきて・・・。うん、それから色々凝るようになったのかな。なんかね、お料理とかしていると嫌な事とか思い出さなくていいから楽しいんです」 「ふー・・・ん、多分ね、お母さんが正しいと思うよ。」 「そう・・・かなぁ」石川のその問いかけとも、納得とも受け取れるひとことにウンウンと何人かのメンバーが頷いて応える。 「でも石川、テレビとか映画好きだったじゃん?」 「あーほとんど、っていうかまったく見なくなりました」 「えーなんでなんでぇ〜?」 「・・・」石川は答えない。 加護は喉元まで出かかった「梨華ちゃんは、テレビで男を見るのでさえ嫌悪感を感じるんだよ」といった言葉をギリギリのところで引っ込めた。これは私が言うべきコトじゃない、と思ったから。だからといって、石川自身の口から弁明する気も無いようで、気まずい沈黙がしばらく食堂に流れた。 「あのぉ、私も一人暮らしするようになってから料理しとるんですけど・・・でも今日石川さん手伝ったら全然レベルが違いすぎましたです」最初に静寂を破ったのは高橋だった。彼女は昔から、たまに場の空気を読めないというか、場違いな発言をすることが度々あったが、こういった状況ではむしろ有り難かった。 「そんなにヘンかな、私料理するのって」 「いや、嬉しーよ。元々石川ってそんな家庭的な感じじゃなかったじゃん?」 「そうでしたねー、現役の頃もほとんど外食でしたよねぇ保田さんとは」 「あと映画一緒に観にいったりとか。懐かしーなぁ」 「うん。でも普通の同年代の子らに比べたら、やっぱそんなに遊んでいなかったかも」 「ってゆーかね、あの頃は忙しくって趣味どころじゃなかったよね」石川と保田の会話に、矢口が割って入る。 「ま〜ね。矢口は何だろ。ゲームとかDJとかむかし凝ってたじゃん」 「・・・けどね、圭ちゃん。アタシ本音のトコロ仕事が趣味だったんだと思う」 「・・・なるほど」 「あの頃ってさぁ、年末とかにもなると滅茶苦茶忙しかったじゃん?ワーカーホリックであったことを自らカミングアウトする形になった矢口の現役時代の回想に、一同はしみじみとさせられた。 寿命の短い動物と人間とでは時間の流れるスピードが違うという。寿命2才のハムスターは人間にとってはビデオテープの早送りを見ているような感覚で生活を送っている―――という話を石川も図鑑で読んだことがある。 それと同じなのかもしれない。 あの頃はめまぐるしく周辺が動いていた。立ち止まって考える暇も無かった。でもやがて、それが普通に感じられるようになった。 今のノンビリとした時の流れに身を置いていると、モーニング娘。の一員だったあの頃のスピードは確かに異常なくらいハイペースというか、アップテンポだった事を改めて実感してしまう。 「今はもう仕事無いのに慣れちゃったけどサ・・・」現役の頃には珍しかった、矢口の自虐的なセリフは続く。 「・・・うん、でも卒業してから最初の1年ぐらいは、なんだか気が狂いそうになった。周りはゴチャゴチャ騒ぐし、自分は仕事してても窮屈だったし、オフも多かったけど―――なんだか落ち着かなかったなぁ〜」 「そ、だね」 「あーあ、私は解散しても芸能界で生き残る自信あったんだけどなぁ」矢口は椅子の背もたれに反り返った背中を預け、首を揺らしながら大きく伸びをした。 別に矢口は悪くないよ―――といった同情を期待するような気持ちが、その言葉には込められているようにも感じられた。だが、確かにピン(一人)でも業界を上手く渡り歩いていけそうなのがダントツで矢口だということは、現役時代から他のメンバーも思っていたことだ。 『あの武道館の事件さえ無かったら!』そのひとことさえ言えれば、どれだけ楽だろう。 だがここにいるメンバー誰もがこの5年間、何度も何度も声に出さずに呟いてきた言葉だ。 そして、どのメンバーもがその言葉の無力さを知っている。そんなこと心の中で繰り返しても、涙が溢れ出てくるだけで一歩も前には進めない。なにひとつ解決しないんだ、と。 それを世界の誰よりも知っている、そんな娘たちが今ここに集まっているのだ。
だから、言えなかった。 「・・・さてと、シュミの話に戻りますか」石川は、自ら司会の役を申し出た。 お節介なところは変わってないな、と吉澤は思う。ダンスレッスンの休憩時間などでメンバーか疲れ果てているときにも、明るく声をかけまくってはウザがられていたのがつい昨日のようにも感じる。そこが、彼女の憎めない点ではあるのだが。
そこから、リーダーがいまだに絵を描いているといった話、加護がパソコンにはまってホームページを開設しているといった話、紺野の優雅な大学生活の話などが続いた。 「ねぇ、そういえば保田さんてまだカメラ続けているの?」 「そうそう、圭ちゃんって凄いカメラ持っていなかったっけ? 50万ぐらいするやつ」身を乗り出す石川と矢口。 「あはは、よく覚えているねぇ。実は今日も持ってきているんだけど」 「そーだそーだ! 記念撮影しなくちゃだよ!」 「やろやろ!」 「じゃあ、そっちの加護の作った看板をバックに!」 「いいねぇ、なんか学校みたい!」出席者から、カメラマン保田をまくし立てる声がキンキン鳴り響いた。 「ちょっと待ってよー、まだ食事中じゃなーい!」 「みんなホトンド食べちゃったよう、ねえ、保田さんってば!」 「モー、しょうがないわねー。じゃあちょっと待ってて」そう言って保田は席を立つと居間のほうへと消えていった。 「ああっ、圭ちゃん何処に」 「居間、たぶん。けっこう大きなバッグもってきてたから」石川は保田をこの屋敷に招き入れるときに、やや大きめのバックを肩にかけていたのを思い出した。あの時は保田のルックスの変わりように気が動転してそれどころではなかったが、確か来る際に居間のソファーにそのバックをいったん置いてきたのだけは覚えている。 多分、着替えや今取りに言っているカメラ、その機材などが中にギッシリ詰まっているのだろう。 「お待た〜!!」しばらくして保田がカメラを構えたまま、ドアの向こうから現れた。 「あっ」加護が思わず声を挙げる。 保田の右手には大きな一眼レフの他に、指の間に挟み込むように、一枚のハガキ大の紙があった。 いや、それはまさしくハガキだった。大きな橋の写真が描かれている鮮やかな絵ハガキ。ひと目で、加護は理解したのだ。そしてやや遅れて石川も、文字がビッシリと埋まっている表面を見て「それ」が何のハガキか理解した。 高橋が「特別ゲスト」と称した、一枚の手紙。
後藤が死の直前に保田に宛てた手紙だ、と。
パシャッ
フラッシュがたかれ、テーブルを囲んでいるメンバーの微妙な表情をカメラが捉えた。 |
|
|
next to ... 第90話 保田と加護 |
|
|
最初に戻る ■ トップページ |