第90話グラデ左 グラデ右保田と加護

 食堂と居間を挟む壁には、加護がせっせと作った飾りに埋もれるような形で「第1回・モーニング娘。同窓会!」と書かれたボードがぶら下げてある。その前に特に誰が仕切り役になることもなく、メンバーが前後2列に並ぶ。
 保田は持参したカメラを長テーブルの端に置いて、タイマーをセットする。
 ファインダーの中で映っている9人の元トップアイドルたちの奇妙な姿。
 男装、メイド、車椅子、ドレス―――一見すると出来すぎたテレビドラマの番組宣材のようでもある。
(そう、まるでドラマのようだった)
 あまりにもドラマチックな解散後の5年間に想いを馳せる保田。そして一人一人のメンバーの複雑な表情を見つめる。
 元気が無さそうな加護の肩を揺さぶり元気づける石川。その石川の腰に腕を回すプレイボーイ吉澤。
 リーダー・サブリーダーは昔のように後方両サイドに居座る。自尊心の強い飯田は、当時集合写真を撮る際に目立たないこの場所が定位置になっていることが気に入らなかった。しかし現役アイドルを退いて5年たったにもかかわらず、無意識のうちに自らの足がその隅に向かっていることに驚く。

 カメラのタイマーをセットしてから実際シャッターが押されるまでの間、ほとんどの人は表情を維持するのに必死で意外と何も考えていないものだ。保田もかつて写真撮影する時などは、必要以上に顔をこわばらせることに執心していたのを憶えている。
 しかし今は違った。後になってこのときの写真を見返してみると、他のメンバーは知らないが、自分はきっと穏やかな顔をしているだろう。
 走馬燈のように、という綺麗な言葉で思い出を美化するつもりはなく、まさに濁流の様に流れていったこの5年間。シャッターが押されるまでの短い間に、すべてを網羅できるほどの薄っぺらい過去じゃないと、保田は自分で思っていた。だけどその一瞬に、全てが凝縮され頭のなかでかき回された。人が死ぬ瞬間、世界が一時停止のボタンを押したかのように硬直すると感じるらしい。それに近いのかもしれない。

 パシャッ!

「あああっ! 目閉じちゃった! もう一回ッ!」
 矢口の懇願する声は、加護の車椅子のキコキコという音で却下された。
 あっと言う間に、記念撮影のためにひと塊になっていた娘。たちが散開し、それぞれの席へと向かう。
「もうっ!」
 矢口の膨れっ面を気にする様子もなく、ただ一人自分の席とは違う方向へ向かうメンバーがいた。
 加護が撮影が終わった瞬間、真っ先に向かった先―――テーブルの上にセットされたカメラの下に隠すように置かれた一枚の絵ハガキ。それに手を伸ばした瞬間、先回りしていた保田がハガキをかすめ取る。
「読みたい?」
 カメラを右手に、ハガキを左手でヒラヒラさせて保田が優しく話しかけるが、それが逆に加護の癇に障った。車椅子から身を乗り出して、その写真に手を伸ばす。
「見せてくださいっ!」
「ゴメンね・・・ちょっと待って」
 そのやりとりを茫然と立ち止まって見ている石川と高橋に、保田は告げる。
「あの・・・みんな、自分の席に戻ってくんない・・・? 話があるの。うん。ゴメンね。加護も」
 渋々引き返した加護がテーブルでの自分の位置に戻り、ようやく記念撮影でバタバタしていた雰囲気が一段落ついた。
「えーっと、もう高橋から話は聞いていると思うけど・・・今日は、ね。ごっちんの手紙を・・・持ってまいりました。これは、私がアメリカで受け取った、あのコが亡くなる寸前に出されたと思われる手紙です」
 高橋は口を真一文字にして、やけに形式的に喋る保田をしっかりと見据えている。
「どこから話していいのかな。ミンナは日本にいて、マスコミとかの情報でしか知らないかもしれないけど・・・あんなのアテになんないってことはミンナが一番知っていると思うし」
 思わず矢口は軽く頷く。常に注目を集める芸能人を経験したここのメンバーなら、ゴシップは避けられない問題にしてもそのいい加減さ、無責任さを長年肌で感じているはずだった。正直後藤に関する報道でも、どこからが真実でどこまでが憶測なのか境界線が曖昧なままだった。
 矢口は事務所サイドに直接訊いてみたものの言葉を濁すばかりで、もしかしたら報道されている以上の「闇」が存在するような予感がして深入りするのを止めたのだった。
「これから私が見てきたことだけ、を話します」
 殊更「だけ」を強調したのは、マスコミ関連の情報を極力排除するという、保田の強い決意のあらわれだったのだろう。
「ちょっと私についてのことも多いけど・・・ごめんね」
 保田は語り始めた。
 武道館の事件の直後、自分が味わった恐怖。
 周囲の人に支えられてアメリカに渡ったこと。そして現地での生活。

 そしてアメリカに渡って一年目に・・・サンフランシスコの後藤に、逢いに行ったこと。

「圭ちゃん、結局そのとき何も話さなかったの、ごっちんに」
「うん・・・実は・・・今でも後悔している。でもいつか・・・矢口もそうだっと思うけど期待していたから・・・」
「何を?」
「いつか、ごっちんの記憶が戻るのを」
 グスッ

 石川のすすり泣く声。

「あのね別に今日はね、あの〜みんなを泣かせようとかそーゆーのは無いから、全然。フツーの手紙」
 保田が慌てて補足するが(もしかしたら)という空気が、メンバーの中に高まる。
 もしかしたら後藤は部分的にでも昔の記憶を取り戻していたのではないか、と。そして保田の手紙には、そのことが書かれているのではないかと。
「ただ・・・ありのままを知ってもらいたい・・・それだけなの」
「保田さん」
「加護何?」
「あの・・・私は・・・記憶を失ってからも・・・ごっちんが好きで・・・」
「メール交換していたんでしょ?」
「うん」
「この手紙にも書いてあったよ」
 加護の表情が、パァッと少しだけ明るくなる。
「加護の他にも・・・だれかココでメール交換一度でもしたって人いる〜?」
 保田がそう呼びかけるが、反応は無かった。
「カオリンは?」
 紺野が手話で今の保田のセリフを伝えると、飯田は軽く首を傾げながら指で2・3回ぐらい、と示した。
「あのね、みんな意外に思うかもしれないけど、周囲の人たちは彼女にあんまりモーニング娘。だったことを無理に思い出させようとしなかったんだって」
「本当?」
「うん、和田さんに今お世話になってて、その時のこととかいろいろ耳に入ってくるんだけど・・・重度の記憶障害に陥った人に対して、無理に過去の思い出を刷り込むのは逆効果なんだって」
「あ・・・そうかもしれない。じゃあ・・・」
「それに家族や事務所の意向ってのもあるかもしれなかったけど・・・だって思い出したらかえって辛いこともあるでしょ?」
「確か・・・ごっちんがアメリカに渡るとき、昔の思い出みたいなモノは私らの写真一枚だけしか持っていかなかったそうです」
 加護はずっとうつむいたままで、そうつけ加える。
「ウソ、CDも何も?」
「ゼロからのスタートだったみたい」
 ・・・。

 重い沈黙に包まれた。
 本当は薄々感じていた。でも否定していたかった。
 かつての仲間が自分たちと全く違う世界、全く異質な時間軸に生きていたことにものすごく哀愁を感じた。

(たしかにごっちんにとっては、そのほうが良かったのかもしれないけど。けど・・・私たちのこと何も知らないまま過ごしていたなんて悲しすぎるよ・・・)
 吉澤も後藤が記憶と取り戻して、いつの日か「よっすぃ〜何やってんのこんなカッコして〜」と笑いながら帰ってくるのを密かにずっと夢見ていた。それだけに、瞼の内側がじわっと熱くなるのを感じた。
「ねえ、本当に・・・後藤にメール出したことあるの、加護とカオリンだけ?」
 保田は念を押すが、それがどういった意味を持つのがこの時点では誰も分からなかった。
 やはり、返事をする者はいない。

 そして後藤の最期を、静かに語った。
 もちろん警察署での霊安室での出来事は、多少オブラートに包み込んで話したつもりだが、ほとんどは保田の経験した事をありのままに伝える。
 自分が知った真実は決してきれい事ばかりではないが、嘘をついたりする気も毛頭無かった。だから、この話は食事中に出来なかったのだ。
 今、皆がようやく再開の緊張がほぐれたこの時を待っていた。

 テーブルを取り囲むメンバーが保田と飯田以外、全員うつむいて神妙な顔をしている。飯田だけは保田の唇を読むために、顔を凝視しているがその表情には哀しさと強さが両方感じられた。

「それを踏まえた上で、今から私がごっちんの手紙を読みます・・・いい?」
 もちろん異論のあるメンバーなんていない。
「本当にフツーの手紙だから。うん、ちょっと変なところもあるけど」

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