第92話グラデ左 グラデ右保田

 保田は隣りの席の矢口に「カオリに回して」とだけ告げて、たった今読み上げたハガキを手渡した。矢口、高橋、紺野の順に絵ハガキが手渡され、それぞれが今の内容を大まかに確認しているが一様に「信じられない」といった表情を浮かべている。
 そして、飯田も例外ではなかった。リーダーが大きな瞳に後藤の言葉を焼き付けるように手紙を読み終えるまで、誰も声を発することはなかった。
「え、ええ〜っと、何から言っていいのか分かんないんだけど・・・」
 最初に口火を切ったのは、やはり矢口だった。
「まず・・・カオリってごっつぁんに逢いに行ったことあるの? 初耳なんだけど」
 わたしも、わたしも、といった声があちこちからあがる。それもそのはず、当時は後藤がアメリカに住んでいるということすら一部のメンバーにしか伝えられておらず、ましてやトップシークレットである詳細な住所などはよっぽどのことがない限り知り得ることなど出来なかったはずである。
(もう4年も前の話だよ)
 飯田はそれだけしか、言わなかった。
 どうやって住所を知ったのか?
 何の用事で会いに行ったのか?
 そこで、どんな話をしたのか?
 だが、今はこの手紙の「もうひとつの疑問点」のほうが気になり、飯田については後から詳しい話を聞くことに一同無言の同意がなされた。今の彼女とはコミュニケーションがとりづらい、というのも追求を省いた一因かもしれない。
 日記などの発見はあったものの、皆が二の足を踏んでいた後藤の話題がここにきて急にクローズアップされた。それゆえにやけに不自然な感じがしたが、考えてみれば特に後藤に会った事を話す理由も、隠す様子も今の飯田にはみあたらない。
 4年前となると、ちょうど保田がサンフランシスコまでわざわざ後藤に逢いに行き、ニアミスしながらも存在をアピール出来なかった時期に重なる。
 飯田は読み終わった後藤の手紙を、加護に急かされて手渡した。
 その後も次々とメンバーに回され、それぞれが直接自分の目で絵ハガキに書かれてある内容を確認する。

T E N

「あと」

「この手紙の」

「ののって何なの?」

 矢口と石川と吉澤がほぼ同時に、その疑問を口にした。
“ネットで思いだしたんですけど、ののちゃんのメール返事出せなくてごめんなさいって、アドレス知ってたら本人に伝えてください。”
 後藤の手紙において、まさにこの部分がメンバー全員を喉に異物感がつかえているような気分にさせている原因だった。
「やっぱり気になるよね、みんな」
「だって・・・ごっちんは知らなかったの? その・・・ののが死・・・もういないってことに」
 その矢口の当然ともいえる問いに、答えられる娘はいなかった。
「いろいろ・・・仮説は立てられると思うんだけど、まずひとつ」
 ごくり、と唾を飲み込む音だけが寒々とした食堂に響き渡る。
「この手紙は後藤の書いたものではない」
 いきなりとんでもないことを保田は言う。
 ここまで話を広げておいて、いくらなんでもそれは無いんじゃないのと高橋は言いかけたが、手紙を持ってきたのが他ならぬ保田である。
「・・・ということも考えられたんだけど、筆跡鑑定をしてもらったら間違いなく後藤の書いたものということが断定されました」
「鑑定って・・・圭ちゃんそこまでしたの!?」
「だってよっすぃー、気にならない?」
「気になりはするけど・・・何か勘違いしてたんじゃない? ごっちんは」
「でも、確かに見てみたらこの文字・・・後藤さんのやぁ〜」
「・・・この手紙によれば、メンバーの名前ですら完全に思い出せなかったみたいだから・・・あの事件で誰が亡くなったかなんて最期まで知らなかったのかもしれない」
「だけどそれじゃあ・・・あ、それで! 圭ちゃんがさっきごっちんとメールしていたのが誰かって確認してたのは・・・」
「どういうこと? 矢口さん」
「うん、だって・・・この手紙があのコが書いたものって証明されている以上、確かにごっちんとメールをしていた人がいるってわけじゃん?」
「・・・辻さんの名前を名乗って!」
 普段口数の少ない紺野の最後の一言には、とてつもない破壊力が込められていた。
「そんな・・・そんなことして一体何の―――」
 安倍は声を震わせながら言う。
「何の目的かは分からない。ただ、ごっちんが『ののちゃん』って名乗る人とメールしていたのは確かだと思う。今となっては確かめようもないんだけど・・・パソコンも壊れてしまっていたらしいから」
「でも後藤さんのメールアドレス知っとる人ゆうたら、限られてくるんやないですか? その・・・」
 メンバーの視線が飯田と加護の方へと集中する。
 この二人は生前後藤とメール交換をしたことがある。だから、自分とは別の人格(この場合は辻)を偽装して本人とメールのやりとりをするぐらいは可能だろう。しかも、少なからず交流があったということは、後藤の記憶と過去についての知識がどれだけ不確かなのかといった情報を、ある程度知っていてもおかしくはない。
 そういったことも含め、疑惑の視線が二人に集中する。
「・・・・・!」
 だが加護や飯田の、何故?といった哀しそうな目を投げ返してくるのを見て一同我にかえった。
「・・・ごめん」
 加護は矢口の謝罪を受けて、ただうつむいて首をゆっくりと振った。
「まあ誰かが辻を名乗って、何も知らない後藤に本人のフリをしてメール交換していたってのも、仮説のひとつとして考えられると思うの。あとは確率としては低いけど、加護と辻を書き間違えたとか・・・」
「私は何も・・・してないよ!」
 保田の話が終わるか終わらないかのうちに加護が叫んだ。
 他のメンバーには、その言葉がグサリと胸に突き刺さる。
 しばらくの沈黙のあと、吉澤がフォローを入れる。
「・・・だれもあいぼんを疑ってなんかいないよ。あんな事件にあったこのメンバーで、そんなヘンな事する人いるわけないじゃん・・・な? 圭ちゃん、ごっちんのアドレスを他に知っている可能性のある人って?」
「家族と事務所の一部の人間だけ・・・だったみたい。和田さんですら知らなかったんだって」
「じゃあ、それが何らかの拍子で外に漏れてしまったってこと考えられない?
 で、元ファンの人か誰かが悪戯半分でごっちんに・・・」
「それも仮説のひとつね」
 あくまでも冷静に保田は答える。
 その落ち着いた様子から、後藤の手紙を受け取ってから現在に至るまで、文面の内容についていくつもの仮説と検証を繰り返してきたのがうかがえる。
 それをいち早く察した矢口は、下手にいちいち騒ぐより、まずは保田の話を最後まで聞いてみるのが賢明だと悟った。
「あと・・・もうひとつ考えられるケースがあるの」
「まだあるんすか?」
 高橋のビックリ顔に、少し微笑みつつもゆっくりと保田はうなずく。
「ええ、辻が生きていて実際に後藤とメールを交換していたってのも、ありえるんじゃない?」

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