第93話グラデ左 グラデ右矢口と保田

「なっ・・・!」
“辻は生きているかもしれない。後藤の手紙の中に出てきた「のの」はもしかしたら本人じゃないのか”
 保田のその一言に、他のメンバーは皆、言葉を失った。
「何故か辻だけ・・・今でも生きている、みたいな感じがするの。
 ホラ、なんかあの扉の向こうから『遅れてごめんらさ〜い』みたいな感じで・・・何事もなかったように現れるみたいな・・・」
 目に一杯の涙を溜めて、保田は居間への扉を指さす。当然そこには何も無いし、何も起こらないわけなのだが。
 石川の肩がビクっと震えたのを吉澤は見逃さなかった。その吉澤も、全身に鳥肌が立ち膝がガクガクと震えるのを隠すのに必死だった。
“辻が生きている”
 保田の3つめの仮説は絶対現実に起こり得ないと分かっていれば、譫言(うわごと)として聞き流すこともできるだろう。しかし石川にしろ吉澤にしろ、その言葉と―――想いが虚構をリアルに変えてしまう力を持っているような、そんな予感がしたのだ。
 二人は昼間見た辻似の女の子の呪縛に囚われ、そして今の保田の言葉に身震いした。

 意外なほど、誰も喋らなかった。
 むしろ奇想天外な発想の割に誰一人として反論しないことが、やけに不気味だと矢口は感じた。

「ちょっと・・・圭ちゃん何いってんの・・・?」
「ゴメン・・・。私サ・・・見てないから・・・直接見てないから未だに信じられないのよ、あんな元気だった辻が・・・」
「だけど・・・」
「ねえ。本当に辻は、辻はもういないの? 私・・・まだ実感沸かなくってさぁ。絶対認めたくないよお・・・。ここにいる誰かで見た人いる? あのコの・・・最期」
 保田が夢遊病患者のような、焦点の定まらない訴えを投げかける。
 次の瞬間、安倍がサッと目を逸らす。
「なっち・・・見たの?」
 無言で必死にぶるぶる首を横に振る。
 平静を装っているが、吹き出た汗でべっとりと前髪の一部が額に貼り付いている。

  ガチャン。

 一連のやりとりを眺めて茫然としている石川が、思わず手にしていたフォークを皿の上に落とした音だ。
 吉澤とともに、どこかソワソワして落ち着かない様子。保田のやぶからぼうな「仮説」には誰もが度肝を抜かされたが、その中でも特にテーブルの厨房側に座っている―――石川・加護・吉澤・安倍―――の4人は、視線が泳いでいたり髪を頻繁にいじくり回したりと、あからさまに気が動転しているのが手に取るように分かる。

(やっぱり、触れちゃいけない話題だったのかな・・・辻の最期には)
 それにしても、やけに過剰な反応のように保田は思えた。
 次の瞬間「うわあああっっ!」と悲鳴に近い鳴き声で、テーブルに突っ伏せるメンバーがいた。

 加護だった。

 自身も半泣きのくせして石川が肩を揺さぶり励ますが、堰を切ったように泣き声を張り上げる加護を止めることはできない。

「ゴメンね・・・加護はいたんだよね。辻のさいご・・・」
「圭ちゃん、いい加減にしなよ。あんまり無責任なこと言って、これ以上みんなを傷つけないでよぉ・・・」
 いたたまれなくなった矢口が、眉間に皺を寄せながら保田を牽制する。
「うん・・・あくまで希望も少し込められていた仮説だったんだけど・・・。不注意でした。お詫びします」
「いや、俺も生きていると思う」
 唐突に、ケロリと無表情のまま右手を挙げて立ち上がるメンバーがいた。

 吉澤ひとみ。

 一同が硬直する。あれほど泣きじゃくっていた加護ですら、その嗚咽を呼吸ごと止めて次に吉澤が発する言葉を聞き逃すまいと、じっと見守る。

「オレ見たもん、ののを。今日。この屋敷で」

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