第96話グラデ左 グラデ右飯田と安倍

 飯田は“長い長い”手話に疲れたのか、ひとまず大きく鼻で息を吸い込んでから椅子にもたれ掛けた。昔から要点がまとまらずに、結論がうやむやになることの多かった飯田の話の割には珍しく理路整然とした―――とはいかないまでも、気持ちが充分が伝わってくる談話だった。

「辻への偏愛」
「リーダーとしての意地と責任」
「辻がこの同窓会を計画した」
「プレゼント」
「辻の資質」

 それぞれのエピソードに飯田なりの、辻とグループに対する思い入れが感じられた。話としての焦点は定まっていないが、「辻が生きている」その話に混乱していたメンバーに対してリーダーは落ち着いている、ということを取り急ぎ伝えたかっただけなのかもしれなない。

(辻ちゃんをいかに愛していたのかは分かったけど)
 飯田が慈愛に満ちた表情で、皿の上に残ったサラダを口に運んでいる。
(それならもっと矢口さんみたいに取り乱してもおかしくないのに・・・逆に思ったより冷静なんだなぁ・・・)
 紺野はその点だけが、気になった。
「・・・ごめんね、カオリン・・・なんか・・・」
「あ・・・矢口・・・あの、ぶったりしてゴメン」
「うん、大丈夫。わた・・・オイラも言い過ぎた。なんかここに来てからイライラしていたから・・・」
「ううん、でもね。こんなこと言い争うつもりで、ごっちんの手紙持ってきたわけじゃないの、それだけは分かって」
「分かるよ。圭ちゃんはただ・・・ただ本当のことを、知ってもらいたかっただけなんでしょう?」
 その矢口の言葉に、静かにうなずく保田がいた。
 なにはともあれ、飯田がこの場で同窓会開催のきっかけとなった出来事をカミングアウトしたのは功を奏したようで、二人とも先ほどの緊迫した状態からは脱してお互いを気遣っている。
「あの〜そんで、辻ちゃんのプレゼント箱の中身って、結局なんやったんですかぁ?」
「愛ちゃん・・・」
 涙ぐんでいる加護が、思わず苦笑いを浮かべる。
 またしても場違いな発言だったが、それで緊張がほぐれた。紺野が手話を通じて、再度飯田に問い詰めるがやはりプレゼントの中身に関しては「秘密」の一点張りだった。
 急にそれまで黙っていた安倍が、ハッと何か思い出したような吐息を漏らす。
「ん? どうしたのなっち」
「あの・・・今頭にしているリボンって、もしかしてその時のやつ?」
 安倍が指さした先、飯田のポニーテールに一斉に視線が集中する。
 うなずく代わりにクルリと後ろに振り向いて、メンバーにその長い髪を結んでいる白くて大きなリボンをわざとらしく見せる飯田。
「ああ」
 矢口は、うなだれるような気怠い声を発した。
 どこからともなくテーブルの上に赤い小さな箱を出して、静かにテーブルに置く飯田。そのリボンが結んであったと思われるラッピング専用の箱だ。
 おそらく先ほどの飯田の話の中で出てきたという、辻に贈られたプレゼント箱なのだろう。
(なるほど)
 あの飯田の抜群のプロポーションにピタリとマッチした豪華なドレスに、何か似合わないと思っていた髪型と、あの安っぽくて白いリボン。それは、さきほどの昔話に出てきた、辻が飯田に贈ったプレゼントの箱を結んでいたリボンだったのか、と。
 白は飯田の最も好きな色だ。
 そのリボンを使うことによって、飯田は辻もこの同窓会に参加させている、という解釈も出来る。
 矢口は保田と言い争った際に、この同窓会を汚さぬよう一瞬感情的になったリーダーの姿を思い出す。

 高橋はまだ辻が飯田に贈ったプレゼントの中身が気になるのか、その赤い箱を借りて中を見てみるが当然のように空っぽだった。それでも飽きたらず、臭いなどをクンクン嗅いでいる姿を見て、保田はそこまでこだわる高橋を滑稽に思ったし、微笑ましくも感じた。

 結局、未解決な問題はいろいろある―――後藤の手紙の謎、飯田が後藤に会いに行ったという事実、辻を目撃したという情報―――あるものの、この場の会食は無事に終わりそうな気配を、吉澤をはじめ多くのメンバーが察していた。
 特に先ほどの飯田の話を聞いた後では、形だけでも丸く納めたいという思惑が皆の胸の内にあった。

「あの・・・みんないい?」
 そこに申し訳なさそうに、小さく右手を挙げる娘がいた。
 他のメンバー同様、辻の思い出に涙腺が緩み瞳がキラキラと光っている石川だった。
「私もみんなに、ひとつ伝えておきたいことがあるの・・・加護にはこないだ言ったよね?」
 加護は最初何のことか分からなかった。
 しかし石川の何かを決意したような目を見て、身体に稲妻のようなものが走った。今から彼女が何を話そうとしているのか一瞬で理解し、そしてあっけにとられて―――すぐに我にかえり小刻みに何度も首を振る。
「梨華ちゃん・・・! なにも今、あのことを言わなくても・・・」
 そこで言葉が詰まったが、加護の唇からは「やめて、やめて」という声にならない想いが綴られている。
「ううん、私も・・・今日そのこと本当は言うつもり無かったんだけど・・・さっきの飯田さんの話を聞いて決心した。みんなに聞いてほしいの」
 加護が「そのこと」を知ったのは、実はごく最近―――ちょうど一週間前、このつんく邸に到着してから―――だった。
 あの事件以来、とはいっても最初の1年はお互い怪我の治療などで、それどころではなかったものの、ずっと遊び仲間でいた二人。モーニング娘。のメンバーであった事件前と同じように、引き続き絆を深めあってきた二人。
 でも石川には武道館の事件に関してずっと5年間、離ればなれになったメンバーはもちろんのこと、加護にすら秘密にしていたことがあった。
「私が、ののと里沙ちゃんを死なせたの」
「・・・石川?」
「私があの二人を・・・」
 矢口は、まず自分の耳を疑った。
 思考回路が混乱したまま、ただ石川の表情を確認する。
「殺したの」
 少しだけ、ネガティブと言われていた頃の彼女の面影がそこにはあった。

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