第98話グラデ左 グラデ右石川

 武道館爆破事件から4ヶ月が経過したその日まで、話はさかのぼる。
 事件直後の加熱した報道合戦はある程度沈静化したものの、いまだに熱狂的だったファンたちの後追い自殺が続き、武道館症候群(ゴールデンオニオン=シンドロームと呼ばれた)といった形の社会問題として強く人々の心に根付いていた。直接事件の被害を受けなかった一般の人々にも、(かつての地下鉄サリン事件に代表されるような)深刻な心の病を植え付けた。

 石川は爆破による怪我は完治したものの、しばらく実家に引きこもり療養する生活が続いていた。
 強姦による石川の男性恐怖症は深刻で、テレビに男が出てくるだけでも悪寒が走るらしく、親もあらゆるメディアから遠ざけることにかなり気を遣った。だがこれは石川に限らず、程度の差こそあれ武道館での事件のトラウマを抱えている他のメンバーの家族にしても同じ事だった。

T E N

 そんな折、石川の母親は初めて自分の娘の身体の異変に気がついた。
 本人は極めて平静を装っているものの、家族にしてみれば最悪の事態を想像せざるを得ない。
 母親は思い切って、そのことを石川に問い詰めた。
 しかし当の本人は話をはぐらかすばかりで、一切自分の身に起きている異変には触れようとしない。

 しかし5ヶ月目ともなると、言い逃れは出来ないくらい石川の下腹部はハッキリと「それ」と分かる程にまで膨張していた。

 ―――妊娠。

「何考えているのよ、梨華!
 あんたはまだ若いんだから・・・あんな事件で出来ちゃった子供なのよ!」
「違うのよ、お母さん! 私は、私はこの子たちを産まなきゃならないの!」
「何が違うのよ、馬鹿なこと言っているんじゃないの!
 お母さんと一緒に病院に行きましょう! つらいことだけど、あなたの一生にかかわる問題なのよ! 分かってんの!」
「違うの・・・違うんだったら!! 理解して! お母さん!」
 ヒステリックにわめき散らす。
 話し合いは平行線をたどるばかりだった。
 実際、法的に妊娠中絶が認められているのは5ヶ月まで。無情にも、刻一刻と時は流れてゆく。
 誰の目から見てもボーダーラインギリギリであることは確かであった。しかし、石川本人はあくまでも産むといって譲らない。姉や妹の説得も実を結ばなかった。
 ついには自分の部屋のドアの前に家具を高々と積み上げて、完全に中に閉じこもり外部からの干渉を一切拒絶した。

 追いつめられた石川の家族は、最後の強行手段に出ることにした。
 無理矢理、両親と姉妹が協力して、石川を羽交い締めにしてでも病院に連れて行く。病院まで引きずってゆき鎮静剤を打つなりすれば、若干冷静にもなるだろう、そう家族は考えた。辛い決断だった。

 だが天井裏から侵入する等といった綿密な作戦を立てたうえで、いざ家族が彼女の部屋に踏み入ったとき―――そこはすでに、もぬけの殻と化していた。
 机の上に、ピンク色のメモ用紙で書き置きがしてある。

 私の命とひきかえてでも、この子たちを産みます。
 みんな、ごめん

リカ

 神奈川県警に、石川梨華の捜索願が提出された。

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