第100話グラデ左 グラデ右石川と加護

「私はもう、二度と赤ちゃんを産めない身体なの」
 石川の告白はその言葉で締めくくられた。
「・・・当然だよね。ののと新垣ちゃんが生まれ変わるチャンスを・・・私が潰しちゃったもんね・・・」
 ふふふっ、と自虐的な笑みを浮かべる。
「だから・・・ののが生きているって・・・信じて・・・」
 低いうめき声とともに、石川の瞳から大粒の涙が溢れた。静かに頬に光の軌跡が描かれる。
「梨華・・・ちゃん・・・」
「ヒヒヒヒ・・・」
「石川?」
「あははははははははは・・・!!」
 確かにそれは笑い声だった。
 涙を拭うこともなく、ただうつろな目で歪んだ嬌声を張り上げている石川。不気味だった。


 紺野と吉澤は昼間、石川がお手製のパイをメンバーに振る舞った時、そこで確かにつぶやいた、加護のその言葉を思い出した

「多分・・・梨華ちゃんがイチバンこの中のメンバーで・・・心の傷が深いと思う」
 矢口は、石川に合い鍵を借りにいったとき、食堂で這い回るゴキブリを甲高い声をあげながら笑顔で踏みつけたときのことを思い出した
「ふふっ。うふふふふっっ」

  ―――石川の心の傷は癒えていなかった。
     むしろ事件から5年経った今も深く―――


「・・・部屋に行って休もっか」
 加護が声をかけると、石川はようやく笑い声をやめて真顔に戻り、小さく子供のような目でうなずく。フラフラと、よろめきながらも居間の扉に向かって歩き出す。加護もゆっくりとそれについていった。

 誰も、何も、今の石川に声をかけてやることができなかった。
 静寂を破るガタン、という音がした。
 何かチカラになってやりたい、けど何をすればいいか分からない、その考えがまとまらないまま立ち上がった吉澤の椅子が床に倒れた音だった。
 それを見てありがとう、と優しく微笑んだ加護だったが、続けて

「でも、わたしたちだけでいいから」
 とピシャリと言い放った。
 石川の背中をさすりながら車椅子をゆっくり進める加護。メンバーにはその時だけ、車椅子に座っているはずの加護が、なぜか石川より大きく見えた。
 二人は居間の向こう側に消えていき、大きな扉をバタン、と閉めきる音が食堂に鳴り響く。それでもなお、取り残されたメンバーたちは誰一人として次の行動を起こせないでいた。

 石川はなぜ、自分の胎内に二人の子供を授かっているのが分かったのか。しかも早い段階で。
 そしてそれが女の子だということも。
 誰にも分からない。
 しかし石川は、その子らを事件で失った仲間の生まれ変わりだと思いこんでしまっていたことだけは確かだ。
 新垣、そして辻だと。
 そして石川はその子たちを産まなければならないという、奇妙な義務感に押しつぶされていた。
 堕胎。
 メンバーの誰にも言わなかったが、石川はこの5年間、ずっとその出来事を罪の意識として胸に抱いたまま今日まで生きてきたのだ。無垢な笑顔という仮面を被りながら。

  ―――神様は本当にいるのだろうか。
     いるとしても、なんて残酷な―――

 飯田は、下唇を噛みしめながら石川に突きつけられた二重の悲劇に身震いした。
 ひとつは、石川が信じていたファンに暴行されたこと。
 ふたつめは、それにより石川が妊娠したこと。いや妊娠そのものよりも―――辻と新垣の生命を宿したと本人が思いこんでしまったこと。

(神様は一体、この健気な少女にいくつの試練を課せば気が済むのだろう)
 吉澤はしばらく立ち尽くしていたが、そのままひざまづきテーブルの下に潜り込むように屈んで声を殺して泣いた。涙を見せることを潔しとしない彼女(彼)なりの精一杯の努力だった。
「ごちそうさまでした」
 沈黙を破ったのは、保田。
 手を合わせて、目を閉じそう言った。すでに表情は、大分落ちつきを取り戻していた。
 だがそれは本来の「ごちそうさま」の意味だけではないのは、他のどのメンバーの目から見ても明かだった。

 辻に、新垣に、後藤に―――。
 そして石川が宿し、そして消えていった2人の小さな命に対しての鎮魂の祈りがそこに込められていた。他のメンバーも保田にならって静かに手を合わせる。

 居間の大きな古時計の鐘が9回、鳴った。

グラデ右 next to ... 第101話 安倍と高橋

グラデ右 最初に戻る ■  トップページ