第102話グラデ左 グラデ右紺野と矢口

「ねぇ、さっきの話どう思う?」
「話って?」
「ニブいわねぇ、のの・・・いや辻ちゃんのことッ!」
 矢口は眉間にシワを寄せながら、居間のソファで向かい側に座っている紺野に詰め寄る。
 紺野はさきほどのディナーの直後に出される予定だった、デザートのチーズケーキを一口頬張るごとに恍惚の表情を浮かべている。その最中のことだった。

 晩餐会は終わった。
 食事が終わったあともぴったりとくっついている紺野に、飯田は「もう通訳みたいなことしなくていいから、あなたの好きなようにしなさい」といった事を伝えて自分の部屋に戻っていった。
 もうお休みですか?と紺野がたずねると、会話するためのスケッチブックをとりに行くだけよ、と飯田は微笑む。ということは、着替えやメイクの直しも含まれるのだろう。“このドレスにスケッチブックは似合わない”と豪語していたぐらいだから。
 保田と吉澤は、2階の遊技場へと向かっていった。ビリヤードをするらしい。
 ジャンケンに敗れ夕食の後片付け当番になった安倍と高橋は、今ごろ厨房でせっせと皿洗いに勤しんでいることだろう。

 結局食堂の隣室である居間に腰を下ろしたのは、意外にも矢口と紺野のたった二人だけだった。

 テーブルの上には5時間前の「おやつの時間」同様、お茶とデザートが並べられている。
 そして5時間前の「おやつの時間」同様、紺野が幸せそうにそれを食い散らかしている。食べることが人一倍好きな性分ということも勿論だが、さきほどの夕食の終わりのしんみりとした雰囲気から解放されホッとしているという気持ちも少なからずあるのだろう。

 矢口もさきほどそのケーキをひと切れ食べた。安倍がお土産で持ってきた、老舗「明治の館」ニルバーナの手作りチーズケーキは、ふわっとした舌触りで確かに絶品と呼ぶに相応しいデザートだった。
 チーズケーキにありがちな、食べたあとに口に残るクドさがなくて、さらっとした後味。それでいて、いつまでもチーズの風味が心地よく鼻腔をくすぐる。見た目は白いパンケーキ状だが、今まで食べてきたチーズケーキは何だったの? と矢口は誰と言うわけもなく訴えかけたい気分になった。
 確かに美味しい。

 それにしても、あれほどのディナーを食べた後でもなお治まらない紺野の食欲。昔から女にとって甘い物は別腹とは言うものの、紺野の体調とは別に矢口はあることが気にかかる。

「・・・紺野? ちゃんと石川と加護の分は残してあるよね?」
 彼女の喰いっぷりを見て、果たして残りのメンバー全員の分を残すよう計算しながら食べているのか、矢口は心配になってきたのだ。
 かつてモーニング娘。であった頃に楽屋に置いてあるメンバーのお菓子を、勝手に食べ尽くしたという「前科」がある紺野だけに。
「あたりまえじゃないですか〜、これは保田さんと吉澤さんから貰った分ですよぉ」
「紺野!」
 矢口は、ようやくこの紺野がどんな娘だったか徐々に思い出してきた。
「ねぇ、それよりおかしいとは思わない? ホントにののなんていたのかなぁ?」
「モグモグ・・・んん〜私もあんまりユーレイとか信じるタイプじゃないですけど」
「そっかぁ、やっぱ紺野も幽霊だと思うよね?
 でも・・・そうなるとごっちんの手紙に出てきた、ののってのが気になるし・・・ああ、もうわかんない!」
「・・・」
 頭を引っかき回す矢口とは対称的に、黙々とケーキをむさぼる紺野。
 動と静。陽と陰。昔から様々な意味で正反対だった。二人だけでいると、そのコントラストがより一層際だつ。
「紺野、あなただけはマトモだと思うから言うけどね、やっぱりなんかこの同窓会ってキナ臭くない? ここだけの話。なんか久しぶりにモーニング娘。が集まった!!って感じがしないんだよねぇ」
「んご・・・何が言いたいんですか?」
「いや私の気のせいならいいんだけどね・・・なんだろう、不気味ってのか恐いってのか・・・もちろん懐かしいとか嬉しいとかもあるんだけど、素直に楽しめないってゆーか」
「・・・そんなことより矢口さん、石川さんのことは・・・何とも思わないんですか?」
 口の中に常に何かを含みながら喋っていた紺野が、急にかしこまって投げかけたその一言に矢口はドキっとした。さきほどまでの幸せそうで虚ろな目とはうって変わって、上目遣いの鋭い眼光が矢口にまっすぐに向けられていたからだ。

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