|
|
|
|
晩餐会を途中退席した、石川と加護。 ヨロヨロとした足どりで居間を抜け、1階の自分たちの部屋(101号室)にやっとのことでたどり着く。ほんの数十メートルの距離なのに二人とも一言も喋らず、それはやけに長い道のりのように感じた。 石川が幼稚園児のような、たどたどしい手つきで靴を脱いで長いベッドに横たわる。加護が車椅子の姿勢から身体をグッと伸ばして、まるで母親のようにシーツをかける。 「ありがと、あいぼん」そこでやっと石川が、か細い声で感謝の意を伝える。 加護の低い視線からでは、シーツに半分埋もれた石川の表情を確認することはできなかったが、その声から察するに先ほどの食堂での錯乱した状態からは、ひとまず脱したようだった。
この101号室は簡素ながらも広々とした部屋で、2階の客室が狭くて装飾に凝っているのと比較すると(どちらもそれぞれに魅力的だが)対称的である。普段はつんく♂邸のお手伝いさんらが、寝泊まりに使っているらしい。(もっと遡ると、ホテルだった頃にはスタッフらの部屋だったという)
加護も正直、石川の不幸は特別なものだと思っているし、この件にどう触れていいのか戸惑っている。
加護は今まで様々な石川を見てきた。
やがてポツリ、ポツリと石川も独り言のように次々と語り始めた。 「もう・・・大丈夫だから」 「どうしよう、せっかくの同窓会をイヤな雰囲気にさせちゃったなぁ・・・」 「泣いても、あの二人が帰ってくるわけでもないのに・・・」 「あとでみんなに謝りにいかなきゃいけないなぁ」 「ポジティブポジティブ! って言っていたのにね昔から」 「でもね、不思議と楽になった気がする」どんなに人間が変わっても、あるいは変わろうとしても本質が失われることはない。 加護がそう強く感じるのは自分の置かれた状況に関わらず相手を気遣う、こうした石川を見た時だった。 モーニング娘。に加入したての頃の彼女を思い出す。 自分とて「いっぱいいっぱい」のクセに、加護の心配をしていろいろ手出し口出しをする。当時は、そんな不器用な石川を正直加護は「ウザい」と思った。そんな他人の気を揉む前に自分のことをちゃんとしろよ、と。口喧嘩に発展することすらあった(そしていつも言い負かすのは、年下である加護のほうであった)。 でもそれが石川のパーソナリティであると理解したとき、一人でドタバタ奮闘している彼女を優しく見守ることが、たまらなく好きになった。
石川はどこか達観したような語り口で駆り立てられるように喋り倒したあとふーっ、と大きく深呼吸して一言つけ加える。 「よっすぃーが言っていたじゃん、あのとき(武道館爆破事件)のメンバーに話すことによってなんか毒が抜けるって・・・うん、ここに来てよかった」先ほどまで涙でクシャクシャになっていた顔を、加護から手渡されたタオルで拭ったあとにあらわになった石川の表情は意外なほどスッキリしていた。先ほどまでの沈痛な面影はみられない。 ―――非常に穏やかで慈愛に満ちている。
加護はその石川の表情を見つめて、静かに微笑んだ。 「梨華ちゃん、のの・・・・のことなんだけど」 「何?」 「多分、のの生きているよ」 「???」 「あのね、ののも今この屋敷に来てる、と思う」 「あいぼんも見たの? ののを!?」 「・・・」 「ねえ、教えて! ののは本当に・・・」しかし加護は、頭(こうべ)を垂れて口を固く閉ざしてしまった。 悩んで、悩み抜いている。 石川は逸(はや)る気持ちを抑えて、そんな加護に対し何も言わずにただじっと見守ることにした。沈黙を守っている親友に余計なプレッシャーを与えまいと、起こした上背が前のめりにならないように―――といったことまで細心の注意を払う。
どれだけの時が流れただろう。 「梨華ちゃんあのね、誰にも言わないでくれる?」 「言わないって・・・何を」 「ののが生きている証拠、私も見つけたの」 |
|
|
next to ... 第104話 矢口 |
|
|
最初に戻る ■ トップページ |