|
|
|
「結局プッチは、ごっちんのユニットだったってことなんじゃないかな」あくまでも対戦相手のその言葉が、さも耳に届いていないがごとく振る舞う吉澤。スラリと長い足を伸ばし、ビリヤード台の上に多い被さるように身を乗り出し狙いを定めるその姿は、サマになっていた。普段ニコニコしている顔が、ここぞという時にキュッと引き締まって真剣な眼差しになるのは現役の頃から変わっていない。 ―――「よっすぃ〜」が「吉澤さん」になる瞬間。 (・・・いや、今は吉澤クン、かな)カン、カチ、ゴトン。
洗練されたフォームから繰り出される打球。それは見事に手玉に弾かれた7番のボールをサイドポケットに沈めることに成功。「2代目プッチモニ」によるビリヤード対決は、終始吉澤が優勢にゲームを進めていた。 「あらら、ゴメン圭ちゃん〜また入っちゃった」 「〜・・・」保田はキューの両端を握りしめて、今にも真っ二つに折ってしまいそうな勢い。が、その露骨な様子を笑う吉澤に気付き、慌てて冷静な表情を取り繕いつつ昔話を続ける。 「最初はね、プッチモニってのは紗耶香が中心に仕切っていたわけよ。私にとって同期だったし、ごっちんの教育係でもあったわけだし」続けて吉澤は8番のボールをも沈め、テーブルの上は白球と9番ボールを残すのみとなった。ホンモノの象牙で作られた重量感のある、いかにも・・・なボールだ。 「だけどね、紗耶香があんな形で卒業して・・・急にあのコと私、ふたり取り残されたの。直接の接点があんまりないふたりに。 「・・・」 「あのコが間に立つことによって、私もヨシコの事いろいろ知ることが出来たし・・・最初はどうなることかと思ったけど、2期のプッチも凄くスゴクいい感じなった」 「うん・・・」 「ホント、好きだった・・・」 「・・・」 「あのコは華があったしね、存在感ってゆーのかな。誤解しないでほしいのは、別に嫉妬とか、そうゆうのじゃなくてね。照れ臭そうにはにかむ保田を横目で見ながら、吉澤のショットは正確にナインボールを捉える。 保田が寄りかかっている台の目の前のクッション(ビリヤードの周囲の壁)をバウンドして、最後の球は綺麗にコーナーポケットに吸い込まれていった。 「・・・これで2連勝っ」小さくガッツポーズをとる吉澤。さすがにガッツポーズの名前の「生みの親」から直接仕込んでもらっただけあり、それすらもサマになっていた。 ずっと吉澤は黙々とゲームに集中しているように見えるが、それでも保田の独白に近い「プッチモニ論」にはずっと耳を澄ませて聞いていた。 「くっそぉ〜、あっち(アメリカにある施設)じゃあ結構勝ってたのにぃ!」 「まだ続けます?」 「あったりまえよぉ! 「ハイハイ、じゃあ次は圭ちゃんからのブレイクショットでいいっすよ」吉澤は、やれやれといった仕草で再びテーブルの上に1から9番のボールを菱形に並べて「どうぞ」と促す。
保田は先ほどの晩餐会から、吉澤を引き連れて直接この2階の遊技場にやってきた。
保田のぎこちない構えから繰り出されたブレイクショットは、かろうじて黄色い1番ボールを捉えたものの、そのフニャフニャの弾道は華麗に四散するナインボールの第一打の醍醐味とは程遠いお粗末さであった。 「でもね、圭ちゃん」吉澤はもうショットの構えに入っていながらも、そう話かける。 「俺とごっちんってさぁ、二人で遊んだりすることが多かったんだけど」 「うん?」 「そこでね、たまに圭ちゃんの話になったりしてたんだけど」 「・・・何て言ってた?」 「ううん。あの、ただ、ごっちんって感情―――キモチを言葉にするのが苦手なコだったから」 「あはは、分かる。私だってそう。プッチモニって全員そんなタイプの人間かもね」吉澤の突いた手玉は、順当に1番ボールをポケットに落とす。 「うん。でね。いつぐらいだったっけなぁ。まだプッチに入りたてだった頃かなぁ。俺、圭ちゃんのことまだよく分からなかった時期ね、今だから言えるけど、ちょっと私のほうが圭ちゃんをナメていた頃があって」 「・・・」 「ごっちんと二人きりになったとき、圭ちゃんをバカにしたこと言っちゃったわけよ」 「どんな?」 「・・・それは・・・言えません」 「ふふふっ。そりゃそーだよね。私に対する悪口なんだから」 「すいません。でも、今はまったく・・・」 「フォローはいいから。で?」 「そしたっけね、悪口をポロって言って、俺的にはごっちんも同意するかなーってニュアンスで言ったんだけど、スゴーイあのコったら怒っちゃって」 「・・・え・・・」 「何だろ。『ヨシコ圭ちゃんの何を知っているのさ! あんなに頑張っている人なんて他にいないよ!』みたいな凄い剣幕で言われて・・・。思わずマジ謝っちゃったもん」 「・・・」加入してから吉澤が同期メンバー以外で、一番最初に心を開いたのが後藤だった。プッチモニにも加入し、同じ現場で仕事する機会は益々増え、二人の絆は揺るぎないものとなっていた。 だが一度だけ―――加入して半年ぐらい経過した頃、後藤と吉澤、お互いにあからさまに険悪な時期があった。幸いにもプッチモニのリリース時期の谷間であったため、世間的にはあまり目立つこともなく冷却期間を乗り越えることができた。具体的にはわずか1〜2週間だけだっただろうか。保田も薄々当時は気にかけていたが、そろそろ調停に乗り出そうと思った直後に仲直りして、拍子抜けした記憶がある。 後にも先にも二人が喧嘩しているのを見たのは、その時だけだった。 保田は思春期の女の子の気まぐれだろう、と当時は深く考えることもなく片付けた。だかまさかその冷戦の原因が自分にあったとは、夢にも思わなかった。 「あんなに怒ったごっちん見たの、最初で最後だった」 「なによ、もう・・・」今にも球を突こうとしている対戦相手に対して、保田は背を向ける。 「あのコってさ、照れ屋だから言わなかったけど、多分圭ちゃんが思っている以上に圭ちゃんを尊敬してたんだよ」 「・・・」 「もちろん私も」 「・・・」 「ううん、多分プッチだけじゃなくて他のメンバーもみんな」 「や、やめてよぉ」 「やめないよ」 「あんまり・・・そんなクサいこと言われるの慣れていないんだから、も〜」 「フフフ」 「さんざん昔はみんなイジリ倒していたクセにさ、ふんだ」 「・・・圭ちゃん?」 「・・・」吉澤からは、大胆に背中が露出している保田の後ろ姿しか見えない。だが、わずかにその肩が小刻みに震えているのだけは分かる。 「もしかして泣いてる?」 「もう、くだらないこと言ってないで、早く次の打ちなさいよっ。また、よっすぃーの番なんでしょ?」 「まったく、」不器用なのは変わってないんだから、と言いかけて吉澤は止めた。 一時期、辻や加護が保田のことを「おばちゃん」と読んでいたことをネタにしていたのを思い出す。それはルックスのことも確かにあったのだが、彼女の醸し出す朴訥とした雰囲気が、怒ったり強がったりすることでしか愛情を示すことのできない田舎のおばちゃんに似ていたからなのではないか、と吉澤は分析する。
吉澤は2番ボールを弾くものの、惜しくもコーナーポケットの手前で静止してしまう。 「ホラ、圭ちゃんの出番ですぞ」 「お! チャンスじゃん」保田の左目は(もうひとつの瞳は髪に隠れて見えない)真っ赤になっていたが、吉澤は気付かない振りをしてゲームを続けることにした。このままだと、自分も貰い泣きしてしまいそうだったからだ。 「ひとつぐらい入れてもらわなきゃねぇ、へへへ」そうは言いつつも、吉澤はどこか「期待」していた。何かやらかすんじゃないか、と。いつも以上に力んで、キューの素振りを何度も繰り返す保田を見て、その「期待」は膨らむ。 「あっ!!」保田の叫び声が、ただっ広い遊技場にこだまする。 素振りのつもりのキューの先端にボールが撫でるように触れて、10センチ程手玉が動かしただけに終わってしまったからだ。 「ぶぶぶっ! 相変わらずなんてゆーか、プレッシャーに弱いですねぇ」と吉澤は大笑い。してやったり、だ。 「あーもー!!」と地団駄を踏む保田を見て、しかしながら吉澤は思うのだ。 (・・・ステージ以外では・・・ね)吉澤は手玉を置き直し、2番ボールを難なく攻め落とす。 「でもさ、ナインボールって最後の9番の球さえ落とせば途中何個落としたかなんて関係ないんでしょ? 最後に笑ってやるわよっ」 「まあ・・・そうなんですけどね」9番を落とす落とさない以前に、1個もボールを落としていない保田が吐く台詞ではないな、と吉澤は言いそうになったがあえて黙っておいた。 そして、テーブルの上に四散しているボールの配置を俯瞰(ふかん)しているうちに「ある作戦」を思いつき、これまで“ポーカーフェイス”を装っていた吉澤も、思わず口の端が僅かにつり上がる。 その作戦を実行に移すべく、吉澤が勢いよく打った手玉は3番ボールを弾くものの、サイドポケットを大きく外れてクッションをバウンドする。 「へへへ、残念でした」と保田が皮肉な笑みを浮かべたその時。 勢いの衰えない3番ボールは対角線上のサイドポケット付近に鎮座する9番ボールを弾く。 勝利をあらわすファンファーレにしてはやけに鈍いゴトン、という音と共にそのまま奈落の底へと吸い込まれていった。 「あっ」 「よしぃっ」再びガッツポーズのまま、今度は垂直に飛び上がり喜びを全身で表す吉澤。 「えええ? これもアリ? 私負けなの!?」うろたえる保田だが、負けは負けである。 ナインボールのたった一つの単純なルールである「手玉をテーブル上の最も若い番号のボールに当てて、9番ボールを先に落とした方の勝ち」には反していない。 吉澤は確かにその時点で一番若い番号である3番を当てて、そのボールがポケットの脇にある9番にぶつかりそして―――そのままウィニング・ポケット・インとなった。 「はいはい、ハスラー吉澤3連勝。まだ続けます? 圭ちゃん」 「サテ・・・と。そろそろ運動も終わったし、酔いも醒めてきたし、飲み直そうっかな!」無茶苦茶な論理である。保田はさっさと手にしていたキューを、部屋の片隅のピンボール脇にあるキューラックに立て掛けて広い遊技場の一角にあるバーカウンターへと向かった。 「ちょ、ちょっと圭ちゃん。負けたんだから、せめて後片付けしてよぉ!」吉澤が泣きついたが、既に保田はバーの奧にあるボトルに視線は釘付けになっている。カウンターから身を乗り出して品定めしている彼女にとって、もはやビリヤードの勝敗のことなど正直どうでもいいように見えた。 「スゴーイ! これ好きなの飲んでいいのォ〜!?」 「負けた方は、勝った人のゆーこと何でも聞く約束じゃなかったっけ〜? 圭ちゃん!」 「うんうん。じっくり聞いてあげるからこっち来なよ! お酒飲もっ」カウンターの奧へと即座に移動し、グラスを二人分用意している保田。満面の笑みを浮かべて手招きをするその姿は、すっかり高級クラブのママにでもなったつもりでいるらしい。 吉澤は呆れたがビリヤードの惨敗でヘソ曲げられるよりマシか、と前向きに考えることにして、席に着いた。 保田は引き出しをあちこち開けて、アイスピックを探している。 「ゴメン、もうちょっと待ってね」吉澤は水割りを待たされている間じゅう、ぼんやりと目の前にいるかつての盟友のことについて考えてみた。 保田の人生をナインボールに例えてみる。 モーニング娘。だった頃の彼女は、確かにセンターポジションで歌ったり、サビのソロパートを貰ったりするといった目立った活躍はなかった。だが、他のメンバーが次々とボールを落としていっても、じっと耐えて虎視眈々と勝利の機会を伺っていた。 グループが解散しようと(ましてやあのような悲惨な形で!)そのスタンスは変わらず、保田圭であることを見失わないで、そして夢を追いかけることに野望を燃やしていた。解散というひとつの区切りで燃え尽きてしまうメンバーもいるのを尻目に、大きなハンディを背負いながらも念願のソロデビューにこぎつけた。 保田は最後の9番ボールをついに攻め落とし、そのたった一球で勝利を掴んだ。 ―――実際のビリヤードでは、そう上手くもいかなかったわけだが。 「圭ちゃん、あんたスゲーよ。かっけぇーよ」 「なによキモい、やぶからぼうに」 「スゴイ・・・凄いよ。前よりもずっと綺麗になったし」 「ななな・・・なんだか照れるな。よっすぃ〜に誉められることなんて、そんなに無かったし。ままましてや、綺麗だなんて、そんな」 「そんなこと無いよっ。それにね、みんな圭ちゃんと最後まで仕事やれたのを良かったと思ってるよ」 「アリガト」 「矢口さんもね、圭ちゃんがいないモーニングなんて、オチの無いギャグ漫画みたいなもんだって言ってたなぁ、昔」 「なんだかそれってケナしているか、誉めているんだか分かんないね〜」 「誉めているんだって! 圭ちゃんはいじられてナンボなんだから!」 「だから〜、それが誉めてんのかっての!」 「なんかね、さっき食堂で圭ちゃんと再会した時ビビったのよ。 「ハイハイ、ビリヤード大会優勝おめでとうございます・・・と」 「かんぱーい!!」反論に疲れた保田は、出来たばかりの水割りをカウンターを挟んで半身で座っている吉澤にぶ然と―――それでいてまんざらでもないといった表情(かお)で差し出す。 二人は静かに乾杯し、勝利と再会の美酒に酔う。 そして、プッチモニでの思い出話に花が咲かせた。食堂での晩餐以上に同窓会らしい一場面かもしれない、とお互い感じていた。
吉澤は保田のことを「不器用」「ヘタレ」と表現した。 (なんで、こんな、素直になれない人間ばっかり集まってたんだろ。モーニング娘。ってのは)話している途中でそんなことを思い脈絡もなくクスリ、と笑う吉澤を保田は訝しげに見つめる。
結局、ビリヤード台の上に散らかっているボールはいまだに片付けてられていないことなど、二人はとうに忘れてしまっていた。 |
|
|
next to ... 第106話 矢口と安倍 |
|
|
最初に戻る ■ トップページ |