第106話グラデ左 グラデ右矢口と安倍

「なんなんだろね、あのコら。ここで話せばいいのに。感じ悪ぅ」
「まぁ別にいいじゃん。先輩と一緒じゃ、話づらいことだってあるだろうし」
 気が付けば、居間には再び安倍と矢口の二人が取り残されていた。
 浮かない顔した高橋は、同期メンバーである紺野に何かこっそり耳打ちした後、彼女を連れてらせん階段から3階へと消えていった。
(やっぱり仲良しグループだったとはいえ、一度バラバラになっちゃうと駄目なのかな)
 と矢口は思う。
 せっかくほとんどのメンバーが5年振りの再会となるのに、各々好き勝手に行動している。昔のワイワイガヤガヤとした楽屋を回想していた矢口にとって、この現状は拍子抜けも甚だしい、といったところだ。
 現役当時は未成年だったメンバーが大半だったが、今日は全員が成人を迎えている。とはいえ、その現実を差し引いても―――
(この冷めた雰囲気な何なんだろう)
 あるいは矢口が同窓会の臨む姿勢が、そう感じさせているだけなのかもしれないが。
 この広々とした―――というか寒々しいといっていいくらいの屋敷に、身を寄せ合って昔話に華が咲く―――あまり参加に乗り気じゃなかった矢口が唯一想い描いていた、あるべき最高の形での同窓会。
 それは本当に絵空事でしかなかったのだろうか?
「お茶のオカワリは?」
「いや・・・いい」
 目の前の仲間が考え事をしている。
 眉間に寄せたシワから、ネガティブな思考であることは間違いなかったので、安倍はとりあえず文字どおり「お茶を濁す」ことにしたが、返答は素気なかった。
 仕方なく安倍は自分のカップにだけに紅茶を入れて、輪切りにしたレモンを中に浮かべた。
「でもなっちさあ、なんで3階に行ったんだろ、あのふたり。
 3階って何あるの?」
「物置と・・・あ、あとグランドピアノ! すんごい高そうなの!」
「ピアノ・・・? 演奏でもするのかな?」
「どうだろ、せっかくだからミンナに披露してほしいよねぇ。確か今プッチがいるホール(遊技場・バー)が吹き抜けになっていて、そこから3階のピアノの演奏しているのが見えるんだよ!」
「へー・・え、詳しいんだね、なっち。この屋敷来たの初めてじゃなかったっけ?」
「・・・うん。いや、まあ、そうだけど。聞いたの、来たことある人から」
 視線を慌てて逸らして、ついさっき自分で入れたレモンティーをすする安倍。
 相変わらず先ほどの晩餐会に引き続き、かつての安倍に比べて口数は少な目で基本的には矢口の聞き役に回っている。
「つーか、やっぱ5期メンバーは5期で固まっちゃうわよね」
「うーん、それはや・・・ヤグっつぁんと圭ちゃんも同じなんじゃない?」
「いや・・まあ昔ならそうなんだけど、久しぶりすぎて何だか照れ臭い・・・じゃないな。何だろ。どこから話していいのか分かんない、みたいな感覚かな。半信半疑、ってゆうの? なっちとカオリもそんな感じじゃない?」
「あ・・・うん、そう言われればそうかな」
「それにあの紺野と高橋ってサ、解散した後もちょくちょくメールとかで交流あったみたいだし」
「そっか・・・そうだったよね」
「あの二人は進んだ道は違うけど、比較的あの、お互い怪我が軽かったこともあったし」
「うん・・・だけど同期は、やっぱり心強いよ・・・」
「だよねぇ、なっち。特に5期は・・・あの二人だけになっちゃったし」
 矢口の言葉に、胸を押さえて黙り込む安倍。
 そこで会話が途切れてしまった。

T E N

 あまりにも二人で雑談するには広すぎて落ち着かない、というのが矢口のこの居間に対する率直な感想である。それに加えて、後藤の手紙や石川の赤裸々な過去が次々と明らかになり、とてもじゃないが和気あいあいと安倍とのお喋りを続けるといった気分でもない。
 だから、なおさらそういった意味でも、高橋と紺野がこの場にいないことが矢口にとっては苦しかった。特にあの二人なら、先輩に遠慮さえしなければ何かアッパー系の話題で、盛り上げてくれそうな気がしたのだ。特に紺野は、ほぼ完全に「一般人」に戻っている。自分たちにとって未知の世界である大学生活の話などで先ほどの鬱屈とした雰囲気が払拭できれば、それにこしたことは無いと考えていた。

「ねぇ、なっちはどこにも行かないよ・・・ね?」
「え?」
 思い詰めた顔で、問いかけた矢口に対する安倍の返答はこうだ。
「ごめん、私もちょっと部屋に戻っていい?」
「はぁ? どーしたの?」
「え・・・あ、うん・・・オシッコ」
「なら、別に個室に戻らなくても、そこにあるよ」
 矢口が指さした先には、つんく♂邸で唯一の個室以外のトイレ。エントランスホールへの扉の右手にそれはある。
 矢口は例の「Alive」の部屋での出来事があったため、殊更トイレに関しては神経を使うようになっていた。「Memories」への部屋替えが終わった後も個室でのトイレはやはり使う気になれず、紺野に教えてもらった居間に隣接したトイレを使うことにした。
 安倍は渋い表情を一瞬見せ、慌てて一言つけ加える。
「あ・・・あのね、メールもチェックしたいなぁ・・・なんて」
「マジ? なっちって本当にメール好きなんだねぇ、車の中でもしてたけど」
「ゴメン・・・どうしても気になるの」
「だからって同窓会に来てまで・・・まあいいけどさぁ、一体どんな人とメールしてんの? まさか彼氏?」
 あわてて真っ赤な顔で首を振る安倍を見て、まだこんなウブなところがあったんだと矢口は少しだけ嬉しくなった。
「全然・・・メールだけの友達だよっ。
 逆に芸能人の人とかとは、あんまりメールしないの」
「ははぁ、メル友って奴だぁね。相手は知ってるの? なっちってことが」
「ううん、全然。まったくシロート装って・・・って言ったら感じ悪いかな?
 でも相手はまったく普通の人だし、私もフツーの人としてメールしてるよ。今5、6人ぐらいかなぁメル友」
「へえ〜なんか楽しそう。でも身分偽るってストレスたまらない?」
「別に〜、相手が私を安倍なつみとして扱ってくれない方が気分が落ち着くの。
 ううん、むしろ私でない誰かを発見したくてメールしているのかもしれない」
「ふうん」
 よくやるよ、と矢口は感心するが全ての気持ちを伝えるつもりもさらさら無かった。
 スターが一般人を装うことが、快感に繋がるというのも矢口は理解できないでもない。四六時中芸能人として好奇の目に晒されていれば、時として普通の身分を求めて顔の見えないネット世界に入り浸るというのも「アリ」だと思う。
 だが、やはり安倍ぐらいのクラスになれば、同じランクの芸能人とリアルなつき合いがあってもおかしくないし(別に男女関係だけでなく、友人としても)むしろそうあるべきだと思う。
 安倍は現在、女優業を中心に活躍している。自分でない誰かになりきることが演技者の本分だとしたら、まさに彼女の趣味は実益と合致している。そしてその行為をなんら疑問に思わずに「落ち着く」のならば、女優という職業は確かに安倍にとって天職というよりほかない。

 しかし本当にそれは「安倍なつみ」という人間の本質だっただろうか?
 内面世界に閉じこもり、自問自答を繰り返すような性格だったろうか?
 かつての“なっち節”ともいえる、一生懸命自分らしさを笑顔でふりまき、貫き通す彼女を知っている身として矢口は少し寂しい気もするのだった。
 そうこう考えているうちに気が付けば、安倍はさっさと2階へ通じる階段へと駆け登ってゆく。

「ねえ、ちょっとぉ!」
「ゴメンね、すぐ戻るから」
「なっちったらぁ!」
 2階東棟の廊下の奧からバタン、と扉が閉め切られる音がしばらくして聞こえてきた。
 そして訪れた静寂。

 とうとう矢口は、屋敷の中央、一番目立つ空間である居間にひとりぼっちになってしまった。
 身体が小さいせいかもしれないが、その姿はより一層悲哀と孤独感に満ちていた。

(なんだよ、やっぱり一人になるのかよ)
 がらんどうの居間にポツンと立ち尽くし、高い天井を見上げる矢口。

 ―――結局ひとりなんだ!

 その天井からぶら下がっている、きらびやかなシャンデリアに向かって思いきり叫びたい気持ちになった。

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