「溺愛エッセイ」は2000年”週間テレビブジョン”に掲載された物です。

噂の?の作詞ノート。
ステッカーが表と裏に2枚ずつ貼ってある、ジッパー付きのクリアケースにルーズリーフがバラのまま投げ込まれてます。作詞の時使った鉛筆なども入ってました・・・

今回も前回に続いてぼくの作詞グッズを紹介しましょう。

ノートなんですけど、ここ2年ぐらいはルーズリーフタイプの物を使っています。
このノートの使い易い点は、ダメだったらバンバン破いちゃえるし、足りなくなったらすぐ足せるところ。
あとジッパー付きだから中身が落ちないのがいいんです。

詩は全部手で書きます。
清書はメールで送るけど、やっぱり手で書いてみないと言葉の強さが分からなくて。
それにぼく、一つの箇所で2つの選択肢が出来たときは、それぞれのパターンを別々に全部書き出して比べるんです。
枝分かれさせたままだと読めない。

ぼくにとって1つの言葉を変えることはピンポイントの変化じゃないんです。
その言葉は波紋のように全体に作用する。
だからやたらと紙を使ちゃうんですよね・・・

詩の書き方はちゃんとプロットを組んで作る方法と無意識で書く方法、どちらもやります。
「性的敗北」なんて前者で、最初から「これを書こう」ってイメージがあって言葉に落としていった曲。
後者は何となく1行目を書いて、そこから膨らんでいくパターン。

たとえば曲の雰囲気が朝っぽいとすると、まず朝の風景がポッと浮かんでくるんです。
するとそこに誰かが通りかかる。
で、「あれ誰?誰か通ったよね?」ってなって、そこから「ヤマダ?・・・おまえ山田だだろう!?」ってなって・・・
どんどん話が転がっていくんです。

あとぼくの中では自分のバロメータになる詩があって。
「4Flusher」で言うと「たとえば朝のバス停で」。
前作で言うと「ふたりのかげ」。
こういうありきたりの言葉しか使ってない曲って、よっぽど注意しないとどこにでもある詩になっちゃうんです。

誰でも使う言葉を使って自分の世界を描くのは本当に難しい。
それが書けるときが、ぼくが絶好調なとき。

逆に「性的敗北」なんて言葉自体のインパクトが強いから、そのまま書いても自分の色が出るんですよね。
だからスタンダードな曲を書けたあとの方が達成感も大きいんです。
それに「性的敗北」なんてどこが間違ってて、どこを直せばいいかとか、そういう世界じゃないと思うし・・・