さて、水泳のほかに、俺には生涯誓ってもう2度とやらないっと決めているものがある。

それは「スキー」である。

泳ぎ、スキー、と季節の2大イベントをやらないとはおまえはなにをして生きておるのだっ!という声がきこえてきそうだが、まぁ落ちついていただきたい。これには、聞くも涙の痛〜いエピソードがある。

そもそも、初めてスキーをしたのは、幼少4、5歳の頃だった思う。その時ももちろん全然滑れなかったけど、そこまで辛くは無かったと思う。
中学に入り、冬休み春休みの初めの頃になると、友人達はこぞってスキーツアーを計画して楽しんでいた。うちらの友人グループも例外ではなかった。高校1年の冬、みんなで野沢高原にスキーに行こうという計画がもちあがり、俺も誘われた。うちの高校は2年の冬に、修学旅行の代わりにスキー合宿というものがあり、その前に一度経験しとくのもいいな、と思った。もちろん、みんなと一緒に泊りがけで遊びに行く、ということがなにより楽しそうだったし嬉しかった。

しかし、これが悲劇の始まりだったのである....

夜行バスで名古屋を出発し、予定より早く、早朝に民宿に着いてしまった。まだ部屋も空いてなかったので、民宿の地下部屋へと案内された。あの時出された温かいお茶と野沢菜は、最高の朝食だった。

スキーの仕度をして、いざ初滑り。しかし、俺のスキーは散々なものだった。まったく滑れない、曲がれない、止まれない。

「もっと腰低くして〜、足ハの字にっ!」
「とまらねぇよ!おまえら俺をだましてるのかっ!

そんな時間が延々と過ぎてった。仕舞いには、スキーのストックホックで指をひねる怪我をした。
「もうやだっ!!俺は帰る!」その夜、おれはもう完璧にスキーのやる気を失った。当時付き合ってた彼女に「おらもうヤダ〜ナゴヤさ帰りたいだ〜」と泣き言を言うほどにまでなっていた。それでも、まだ2日間あったので、友人になだめられながらなんとか耐えきったが、最終日になんとか少し滑れるようになっただけだった。

もうおれはスキーやらない!スキー合宿も行かない!そう誓ったのである。

しかし、うちの友人はタダでは引き下がらない。所詮は人事、友人達は、ことあるごとに
「Kちゃん、スキー行こうよぉ〜」
「そうだ、K、スキーなんてどう?スキー。」
「さて、スキー行こうか、冬はスキーだぞう〜!」

と、1年間俺を説得し通した。おれは頑として首を縦にふることは1年間なかった(いまだに、高校連中と会うとこの時の話で盛りあがる)。

さて、高校2年の冬、2日前まで絶対行くもんか!と思っていたスキー合宿だが、様々な諸事情により(というか、友人を除く諸々の圧力により)結局参加することになった。憂鬱この上ない。

1年ぶりのスキーだが、やっぱり散々。インスタラクターのお兄さんがついてくれたが一向に上手くならない。坂を超スピードで駆け下りてしまったり、足だけ先に飛んでったり....( p_q)日に日に俺は気持ちが沈んでいった....

5日間の激闘、最終日。合宿の集大ってことで、みんなで一気に長距離を滑りてみることになった。さすがに少しは滑れるようになった俺は、やっとスキーを楽しめるところまでこれた。

そこへ、目の前に小さなコブが現れた。いつもならビビってかわすとこだが、この4日間で、俺は確実にレベルがあがっている。これは飛び越えるしかあるまい!

その結果。。。。
(ふふ、みんなの期待を裏切るよ)

なんと、見事に小ジャンプ成功!着地も成功!ついにやりました!苦節1年、やっとここまで辿りつけました!みんなありがとう!!K−taro感激です!自分で自分を誉めてあげたい!!

しかし、悲劇はここからである(結局こうなのである)。

着地したその直後、なぜか急に左折してしまった。
その先に、ネットの壁が迫ってきた。
これはやヴぁい!もはやこれまでか...短い人生であった...など頭をよぎる。しかし網はどんどん迫ってくる。止まれない!あ〜!

さて、その後壁に衝突したおれはどうなったか。
そもそもスキーで壁に激突するとどうなるのか。そう、板が真っ先に当たるのである。俺は、スキーを滑る体勢のまま板だけ外れ、そのままの体勢で網に衝突し、しがみつく形となった(ぜひ想像力をフルに活動させてください)。周りの級友達は大爆笑。インストラクターのお兄さんも「大丈夫かぁ〜?」と笑いながら追いかけてきた。

インストラクターは、非常に様々な人達を教えるのである。滑れる人から見るに耐えない人までいるはずだ。そんなインストラクターのお兄さんが、帰り掛けにこう言った。

「いままでいろんな人教えてきたけど、K−taroくんにはほんと笑かしてもらったよ〜」

その雪の帰り道が、いつもと違ってみえた...


そんなわけで、もう2度とスキーはやらないと誓ったのである。