伊藤祐二


伊藤祐二というサッカー選手をご存知だろうか。

出身地:三重県桑名郡長島町
身長/体重:182cm/74kg
血液型:O型
誕生日:1965年5月20日
家族構成 妻・長男・長女・次男、そして当人の5人家族
登録チーム歴:四日市工業高校−ヤンマーディーゼル−名古屋グランパスエイト−湘南ベルマーレ
契約メーカー le coq sportif


1993年、日本最初のプロリーグ、Jリーグが発足した。

当時は、
・読売ヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ1969)
・横浜マリノス
・横浜フリューゲルス
・清水エスパルス
・名古屋グランパスエイト
・サンフレッチェ広島
・浦和レッドダイヤモンズ
・鹿島アントラーズ
・ガンバ大阪
・ジェフユナイテッド市原

その10チームでスタートした。

当時のグランパスの正ゴールキーパーが彼、伊藤祐二選手だ。

小学生のまだ純粋な僕の瞳にJリーグというのが、
強烈な印象を与え、フィールドへの夢を駆り立てた。

中でも真紅のユニフォーム、名古屋グランパスの印象は格別だった。
家が一番近いという事もあったが、
何よりゴールマウスを守る伊藤選手の姿は一少年の目をTVに釘付けにした。

ヴェルディのカズ・ラモスよりも、マリノスの同じGK松永成立よりもその姿は鮮明だった。


僕とサッカーとの出会いは彼だった。

そんな彼が引退を表明したのがこの秋で、
湘南ベルマーレのGKとしての最後の舞台が天皇杯だった。

2000年から湘南へ移籍していたが、
僕の中ではまだグランパスのゴールを守っていた。



ずっと日が当たっているわけでなく、
現代表の楢崎や、ディド・ハーフナーに正GKの座を明け渡したりしたが、
それでもサブキーパーとして重要な役割を担ってきた。

GKは日本では軽く見られがちだが、
何が起こるかわからない、もっとも危険なポジションと言える。
その分、サブキーパーもレギュラーと同じくらいのスキル・精神が必要とされる。



あなたに出会い、サッカーに出会った

あなたのプレーで、サッカーを好きになった

あなたにあこがれ、サッカーを始めた

紛れも無く、夢を与えてもらった

紛れも無く、人生が変わった

私はあなたが大好きだった

私はあなたを尊敬していた

それは今でもかわらない

私はあなたが大好きだ

私はあなたが尊敬している

それは10年後もかわらない


夢を ありがとう

でも お疲れ様ではない

これからも、恐らく名古屋のユースのコーチとして、多くの選手に夢を与え続けるのだろう

だから あえてお疲れ様、とは言わない。



私は、怪我を原因に中学でサッカーを辞めるつもりだ。

でも、サッカーを生活から切り離す気は無い。

伊藤選手に与えられた夢は終わらない。

プレーは出来なくても教える側にはなれる。

その夢を追いかけていく。



W杯、セリエA、スペインリーグ。

最近世界のサッカーが話題になっている。

もちろん世界に目を向ける事も大切だ。


でも日本のリーグにも目を向けて欲しい。

日本のレベルアップの原点となった、
Jリーグの発足。

その礎となった数多くの選手を忘れてはならない。

カズ・ラモス・ビスマルク・ジーコ・アルシンド・リトバルスキー・サントス・ディアス・ペレイラ・リネカー
あげればきりが無いほど素晴らしい選手が在籍していた。

さらに、そんな有名で日のあたる選手ばかりでなく、

背後から、チームを支え、
中心になり、チームを作り、
多くの若者に、夢を与え続ける、

そんな選手を忘れては居ないだろうか。
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