『夢』というのは、「将来実現させたいと心の中に思い描いている願い」というものらしい。

まぁそんなこと誰でもわかると思うが。

中学を卒業してギリギリ志望校に合格したような僕が、
わざわざこんな大きな事を書くのは、ちょっとしたコダワリがあるからだ。

「あなたの将来の夢は?」という質問に、
「医者になる事」という風に将来就きたい職業を挙げる人は少なくないと思う。
確かにそれは、「将来実現させたいと心の中に思い描いている願い」であると思うが、
今日、日本には働く義務がある以上、特定の職業に就くというのは『目標』ではないだろうか。

僕の中では『夢』という言葉には「叶わなくてもいいや」とか「叶ったらいいな」っていう、
そういったニュアンスが含まれている。
僕の中では。
故に、将来なりたい職業をそこに加えてしまうのは気が進まないという訳だ。
もし、就きたい職業が「叶わなくてもいい」という意味をも含む『夢』であるとすれば、
叶わなかった時は別の職業で飯を食っていかなくてはならない訳だから、
自分の好きな仕事に就きたいと考えている僕とってはやはり、
将来の職業を『夢』に含むべきではない、という事になる。

なら僕の考える『夢』というのは、
例えば幼稚園児が答えるような、
「空を自由に飛びたい」や「動物と話がしたい」とか、
途方も無いような願いだと考える。
例に挙げた二つも、科学やら何やらの進歩でそのものに近づいてはいるが、
やはり子供が憧れる「タケコプター」や「ほんやくこんにゃく」には程遠い。
ちなみに、僕はあまり高い所が得意じゃないので、タケコプターはちょっと勘弁。

高校への進学の際、「自分の『目標』に合った進路を選べ」なんて、耳にタコが出来るほど聞いたんだが、
僕が最終的に選んだ進路は、そうとは言い難い。
まぁそれはこの話に関係無いんだが。

例えば、「子供が好きだから、先生になりたい」という『目標』を持っていると、
「私は先生になりたいのだから、子供が好きなんだ」という、
自分で自分に決め付けるというか、理由と目標が逆転してしまうなんて事もあり得る気がする。
それは将来の職業に限らず言える事なんだけども。
例えば、「僕は洋楽が好きだから、洋楽をもっと勉強したい」というちょっとした事から、
「洋楽を勉強しているから、洋楽を好きでいなければならない」といったような違い。
上手く書けないんだが。

ちなみに、「サッカー選手になりたい」っていう僕の願いは、
『目標』ではなく『夢』だった。
僕の『夢』は世界中を旅する事。
そして、しばらく外国に住む事。
そうやって違う文化を体験できたなら、もっと日本の文化を楽しむ事が出来ると思うから。
将来就きたい職業はいっぱいあるので省略って事で。

『誰でも夢は絶対叶えられる』って言うが、
『誰でも夢を叶えるために努力する事が出来る』って事だと思う。
勘違いしがちな所。



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