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ズボン下の哲学
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卒業のほのかな残り香を感じる間もなく、今日12日、入試を 終えた。 卒業。ああもうなんて切なくて甘い響きなのだろうか。 そつぎょう。 ひらがなで書くと尚更感じる。 もしこれが「めつぐぬぁ」とかだったら、我々は素直に感動できるだろうか。 できないのである。 要するに、卒業という概念は、言葉の持つ 可憐さと重なった上で感動を勝ち得るのであると。 で、泣くのだと。 それなのに入試という言葉の何かへなへなとしたムカつき。 にゅうし。 入試といえば、人生を軽く左右してしまうくらいの 大きなイベントだ。 そんな大事のくせに「にゅうし」。 もっとガとかバとか、濁音が欲しいわけですよ。 「じゅうぎ」とか。 結局、人の感情なんて気まぐれである。 例えば、愛する異性がズボン下を着用していたら、そしてそのまま目の前に現れて も、(それが良い、という変態性は抜きにして) あなたは変わ らずその人を愛し続けられるだろうか。 無理だと思う。 そんな 些細なことで、今まで築き上げてきたものが崩壊してしまう。 ああ無情。 |
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