ノンフィクション小説

秋模様のハープ 帰り道のピアノ

(平成15年4月)
森がカメルーン亭に行き、つるPOMの「かえりみち」とさとみの「秋模様」を録音した際の紀行文をまとめました。



1.録音魂
2.音楽のバター
3.写真家を歌う俺
4.みっけは竹の子である
5.ペダルスチールギターの音色に酔う
6.帰り道
7.秋模様
8.韋駄天


秋模様のハープ 帰り道のピアノ
1.録音魂

最近すっかり「録音魂」に火のついてきた感のある森であるが、実はしばらく日記を書かなかったのはそういう音楽ネタに時間を割いていたわけではなく、ただ単純に生業の方が忙しかっただけなのだった。日付が変わってまだ職場にいたりするとき、「これは自分のせいなんだな」なんて考えたりしながら、それでも連休にやっておきたいことを机の端っこのメモ用紙に箇条書きに書いてみたりしていたのだった。

その箇条書きの中の第一番目として挙げられていたのは、実にカメルーン亭のつるPOMの持ち曲である「かえりみち」のレコーディングである。この「かえりみち」という曲を初めて聴いたのは、僕が大学3年生の20歳(「ハタチ」と読め)の時で、その頃僕は勉強する気をなくしてかといって何をするわけでもないノンポリ学生であったのだが、ある日お月様の下でつるPOMの「かえりみち」を聴いたのだった。

僕はサイクリング部で、つるPOMもサイクリング部だった。サイクリング部ではよく外で酒でも飲みながらみんなでワイワイ語るということが異常に多くあったのだが、その度につるPOMはオベーションのエレアコ持って来ては「うーん いずれ帰ろう・・」とみんなの前で歌い出すのだった。

一言で言えば、ファンキーである。それはそれは大熱唱なのだった。ギターの弾けない僕はそれを見ながら、いろいろとその模様を検分し、どっかにいる森本とあーでもないこーでもないと言っていたわけである。初めて聴くその前からこの曲については、いろんな人がいろんな風に評価していたので、僕もそのいういろんな人の話を租借しながら、その曲を聴いていたのだった。難しいことはよくわからないが、何故か残る歌だった。そして何よりそうやってみんなの前で歌を歌えることがうらやましかったのだった。

その後、つるPOMはその「かえりみち」をほとんどのライブの度に歌っており、割と一緒にライブすることが多かった我々は、いやがおうにもその歌を覚えることとなった。僕は大学院の2年の時からハーモニカを吹こうと練習したのだが、その時の練習曲はなぜかこの「かえりみち」だ。

しかしながら、この「かえりみち」には一つ落とし穴があって、「かえりみち」はつるPOMの一番の代表的な曲であることは間違いないのだが、実はこのかえりみち、しっかりと記録された音源が未だにないのだった。だから、この曲を聴くには、今まではつるPOMライブにいちいち出向く必要があったわけである。それはそれで悪いことではないのだけれども、例えば「東京の地下鉄って僕、すごく嫌なんです。なにかよく分からないんですけどあれは殺人的な雰囲気をもっているんです。そんななか、僕はあの『かえりみち』を聴いてみたいのですが」とかそういう人もたぶんいるはずだと思うのである。

そんなわけで、録音だ。連休前に、このことをつるPOMに打診してみた。結果はすんなりオールオッケー。そんなわけで、万全の録音体制を備えて、伊那に向かった


(つづく)
2003年05月05日 22時31分54秒

秋模様のハープ 帰り道のピアノ 2

2.音楽のバター

そんでもって録音機材を積んで思いっきり重くなった車体で、伊那に向かって我ウイングロード君は北上を続けたわけだが、その途中で、あずきのやよいさんの妹のさとみちゃんも加わることとなった。さともちゃんも、オリジナルの持ち曲が山ほどあり(本当に山ほどある)、それをまとめる為に録音に参加したい、ということなのである。

さとみちゃんといえば、分かる人にはわかるヘーゼルナッツの「夢桜」の作詞作曲者だが、夢桜を聴いていてもそれを感じることはできるのだが、曲をつくるのが本当に上手い。曲を作るということはかなり微妙な作業であり、自覚的な部分とはかなり越えた場所で、その曲の良し悪しが決まってしまったりするものなのである。

上手く表現することができないのだが、例えばそれを料理に例えて言うなれば、じゃがいもを料理しましょう、という時に、ホクホクと茹でたじゃがいもにしょうゆをつけて食べるか、塩をつけて食べるか、しょうゆにバターを加えることができるか、といった問題なのである。普通、しょうゆをつけたり塩をつけたりすることはけっこう簡単に思いつくことはできるが、そこにバターを加えようと思った人は、けっこう独創的な人だと思う。音楽にしてもおんなじことで、ただ曲を作る、という作業は料理と同じで簡単にできるが、聴きつづけよう、いい音楽と思わせるには、それに何か一工夫が必要なわけだ

簡単に言いますと、さとみちゃんの曲は、上手い具合にバターが入っている、ということなのだ。バターをいれるのは、なかなかどうしてけっこう難しいことだ。それはもう技術うんぬんの話ではなく、そこにバターをいれようという発想が浮かぶか浮かばないか、というだけの話なのだ。


ともあれ、僕らは北上した。一日目は松本に行き、写真家そねさんの部屋に泊まり、ぼびさんとやよいさんとさとみちゃんで日本酒でも飲みながら、写真のことやら何やらを話した。ちなみに、さとみちゃんも写真をやっているので、みんな写真をやっていることになるのだ。最近こういう状況が普通担ってきてしまったので麻痺してしまっているが、これはかなりけっこうマレなことであるな、と今では思う。

翌日、カメルーン亭に向かった。戸を叩いてみたが、誰もいなかったので、勝手にあがって空き部屋を貸してもらい、録音機材のセッティングをした。セッティングが完成したら、それはそれはけっこうないっぱしのスタジオみたいな感じになった。

僕は満面の笑みでそれを眺めた。


(つづく)
2003年05月05日 22時56分47秒


秋模様のハープ 帰り道のピアノ 3
3.写真家を歌う俺

実はその日、行くまで気づかなかったのだが、4月の最終日曜日だったのだった。そういえば、伊那の喫茶店「
ポッケ」での月一のライブの日だった。さとみちゃんの「傘」という曲の録音が一段落したところで、僕らは「ポッケ」に向かった。

ポッケに行くと、久しぶりの面々。どこで聞いたか知らないけれど、いろんな人に「おめでとう」と言われた。どうもありがとうございます。なぜかよくわからないけれど、伊那の人たちに言われると、妙にうれしいです。

「あれ、かっぱが歩いている」

とやよいさんが指をさし、よくよく近づいてみてみると、それは東京からのバンド「ばからっく」のおもちゃさんなのだった。なにやら、今日は松本で「アースディ」というイヴェントがあり、それにフェネギーさんやおもちゃさんが出演したのだという。そして、その時から、なぜか衣装がかっぱなのだそうだ。

おもちゃさんはかっぱ語で話をし、それをフェネギーさんが通訳していた。うーむ。なんということだぁ。

ライブスタート。いつものように伝次さんが場をなごませ、僕はその時カウンターに座り、これも東京組たかよさんと伊那名物のローメンを食べながら、なんだかんだと話していたのだった。今日はたかよさんはライブにはでなくて、聴きに来たのだと軽やかに言う。ほかに何を離していたか忘れてしまったけれど、とても楽しい話だった。そしてローメンはいつものように美味しかった。

そして、その横にいたたかしさんは、その次の番なのだった。
「なんか、こうやって人のライブみてると、歌いたくなっちゃいますね」
「じゃあ、歌いますか」
「え、い・いいんですか?」
「ああ、全然いいですよ」
「あーでも、俺楽譜持ってきてないしなぁ」

すると、たかしさんは、なんと松本深夜の「青いバスが走る」と「写真家」のコード譜を持っていたのだった!なんたる奇跡!

「た、たかしさん!ありがとうございますっ」

といいつつ、たかしさんの持ち時間の約5分間をもらってしまい、いつものように「三重県から来ました」なんて照れ笑いしながら「写真家」を歌ってしまうのは、僕のとても弱い部分なのだった。たかしさん、ホントにありがとうございます。この場を借りて、お礼を・・。

しかし、たかしさんは僕の作った曲をいつも持ち歩いてくれているんだなと思うと、とても感無量。
そしてこんな風に、とても気軽に歌を歌うことが出来る「ポッケ」に乾杯(コーヒーで)。
2003年05月06日 21時39分17秒




秋模様のハープ 帰り道のピアノ 4
4.みっけは竹の子である

その後もライブは活況に続いたのだった。

いつものように小澤さんの大正琴は本当に素晴らしいし、「天国と地獄」や「津軽じょんがら」を掛声とともに弾き奏でる姿には、本当に自然に心からの拍手を送ることができた。僕は小澤さんのポッケに出はじめの頃から知っているが、本当に別人のように上達している。音楽というのは、楽器というのは、点ではなく線として、連続的に上手になっていくものだ、ということがよくわかる。

みっけも今年で大学4年生ということで、ついに就職活動やら卒業論文が忙しくなってきて、これで伊那での活動はしばらく休止、という大事なライブだった。僕は今までに何度もみっけのライブを見てきたが、今回のライブはとても素敵だった。みっけのライブはみっけしたできない。何も足さず、何も引けない。素敵だ。

特に最後に歌った「もといたところ」。これも僕は幾度となく聴いているけれど、今回のライブが一番良かったように思う。もちろん最後のライブということで気合が入っていたということもあるだろうけれど、たぶんそれだけじゃない。みっけは「竹の子」みたいなもんで、片時も成長をやめないのだ。

だから、しばらく見ないうちに、正月にしか合わない親戚のおじさんに「大きくなったねぇ」といわれるように、僕はみっけを見るたびに、より新しいみっけを、より上手になったみっけを、より楽しくなったみっけを、発見することができるのだ

4年生だからって、音楽をやめちゃいけないぜ
っていうか、これからだ。卒業しても、まだこれからだ。


そしてフェネギー。今回はギターのナオキングさんが入って「SIDE SEVEN」という名前での出演だった。ヴォーカルのフェネギーさんは、そーたがジャケットを書いた「LONG LONG LOMGING」でインディーズデビューしたらしいのだが、確かにそのクオリティがすごい。タイトル曲の「LONGING」を歌っていたが、とてもよかった。何気におもちゃさんのコーラスも、そしてナオキングさんのコーラスが渋い。

そんなわけでやよいさんが、「LONG LONG LONGING」を購入。そーたの牧歌的なジャケットと調和してるのかどうなのか、このアルバム、なかなか良い。特にやよいさんはよく「ライバル」を聴いている。なんだか、フェネギーさんの風貌とは裏腹なちょっとレトロで、ちょっととんぼでしゃぼん玉な感じがたまらない、というのだ。


ふーむ。確かにいいぞ。
2003年05月06日 21時58分31秒



秋模様のハープ 帰り道のピアノ 5
5.ペダルスチールギターの音色に酔う

そして最後に出て来たのが、富山からの来客、センダさんだ。

センダさんは、僕が今までに見たことのない楽器を使った。どうやら「ペダルスチールギター」という名前らしいのだが、僕のつたない文章力でそれを説明すると・・・

1.まず右手は鍵盤を押さえるように、弦を押さえる
2.左手はボトルネックを弦の上に置くように重ねる
3.そして足はピアノのようなペダルがあって踏む
4.膝で何かバーを押して、それがエフェクトになっているような
5.他にも足がいろいろボタンを押すが、理解不能


とにかく判読不能の楽器ではあるのだが、音色はカントリー調なのだった。この楽器を使用した最も有名な曲はというと、カーペンターズの「TOP OF THE WORLD」のイントロである。あんな感じの音色だ。わかりやすいでしょ?

その「ペダルスチールギター」でセンダさんはロックを歌う、ブルースを歌う。歌も渋いし、力強い。しかも歌詞をその場で作る。MCもおもしろい。最後の曲では、つるPOMとのセッションだ。ギターを弾き、ハープを吹くつるPOM。そして、「みんなも参加してください」と言うセンダさん。前に行くタンバリンを持ったおもちゃさんと、たかよさん。たかよさんはコーラスだ。なんて最高なんだ。

昨年の12月に大平俊郎さんがポッケで歌ったとき、なんかよくわからんが「これは越えられない」と思ったが、それに匹敵するこのセンダさんのライブ。素晴らしかった。こんな演奏を聴いて、たった550円払うだけでいいのかよ!

最後はいつものように反省会だ。ここで、僕はみっけと話したり、松本グルービーのリグルさんと話したり、初めてすずめのお宿さんと話して、ハンドルネイムと本人との一致を見たりした。

そしてまたいつものようにみんなで手を振ってお別れし、また僕達はカメルーン亭に戻る。ここでは、秋津さんやたかよさんや山岸たちでたこ焼きパーティなのだった。たこ焼き好きな僕はこんなにたくさんたこ焼きを食べたのは初めてだったので、とてもいい気分になった。


この夜も何を話したのかよく覚えていないのだが、本当に楽しかったことだけはよく覚えている。
2003年05月06日 23時16分21秒


秋模様のハープ 帰り道のピアノ 6
6.帰り道


朝になって、温泉に行って、露天風呂入って、トマトの木でバイキング食べて、カメ亭に帰って、さぁ録音だ。「かえりみち」を実際に録音する段となって、まずつるPOMのアコギを入れることになった。ヘッドホンからメトロノームを鳴らして、それに合わせて、ギターのストロークを入れるわけである。

しかし、これが実にうまくいかない。つるPOMのギターがちゃんとリズムに合わないのだった。なんだかんだいって、結局は何かしら早くなったり、遅くなったりして、テンポが微妙にずれる。これはひとえに、つるPOMのギターストロークのクセから来ているのであるが、そんなとき、

「もっとつるPOMらしく、ギター入れたほうがいいんじゃない?」

とやよいさんが言った。そんなもんかな、と思った。

結局、つるPOMギターはなんと言うか、ファンキーでブルージーな感じで録音された。そして、そこに僕がピアノを入れ、つるPOMがハープを吹いて、ジャンベを叩いて、歌を歌った。ギターを持ちながら歌ったほうがいいテンションで歌える、ということで、ギターを弾きながら歌った。

最後のクライマックスとして、コーラスを入れた。最初、そこにいるみんな(つるPOM、やよい、さとみ、モリ、山岸、そねさん、そーた)でコーラスを入れようと試みたが、誰のせいだか知らないが、とてつもなく下手くそなので(本当に下手くそであった)、結局歌の上手そうな3人をチョイスし(やよい、さとみ、そーた)、コーラスを入れた。

そして、そこに収められたたった8チャンネルのそれぞれの音源を、普通あまりやらないことかもしれないが、音量をかなり変化させて、さらに「つるPOM」らしい形にして、「かえりみち」は完成した。なんというか、ボブディランの「BLOW IN THE WIND」だ。次の日、テレビでも紹介され大反響の生駒で山賊焼き定食を食べた時、その音源を聴いてみたけれど、実はけっこういいかも、なんて思ってしまった。

最初、職場で残業中に思い描いていた「かえりみち」とは三千里くらい違うけれども、それはそれでおもしろいものはできたような気がする。そして何より満足げなつるPOMの満面の笑みだ。これがあるから、録音作業は面倒くさいけれどやめられない。


しかし僕は密かに思っている。これは「かえりみち バージョン1」なのだ、と。たぶん、いずれ「バージョン2」以降も作られることになるだろう。

いくつかのバージョンを労力をかけてつくっても、それに似合うだけの価値がある楽曲なのだ、と僕は考えている、少なくとも僕の中ではそうだ。
2003年05月06日 23時42分59秒


秋模様のハープ 帰り道のピアノ 7
7.秋模様

そして、かえりみちと平行して録音したのはさとみちゃん(やよい妹)の音源である。十数曲あるオリジナル曲の中から、録音できるのは時間の関係もあり、限られている。そんな中、さとみちゃんが選んだのは「秋模様」だ。

つるPOMとやよいさんと僕が、さとみちゃんの「秋模様」の弾き語りを聴いた時、みんなで「これはいい曲だ」という空気になった(こういう空気ってあるよね)。「よし、これを録音するぞっ!」てな気分だ。

しかし、非常に根本的な問題だと思うけれど、所詮録音というのは、多くの場合どんなにがんばってもライブには勝てない。所詮録音は記録であって、記録は本物に優ることは大抵の場合、ない。だから、ちょっとしたコンデンサマイクでも買ってきて、さとみちゃんの前に置き、それを一発で録音するのが、たぶんいちばん相応しい録音方法なんだろうと思う。

だけど、今の僕にはそんなこともできないため、今出来うる最大限の音源作りにいそしむのだった。さとみちゃんはクラシックギターでナイロン弦を優雅に弾き、ちょっと低めのキーで、意味の深い言葉を旋律にのせる。僕は、それを記録するために、タイミングよくボタンを押すだけの役割である。

「つるまきさん、ハープ入れてくださいよ」
「おっ、ハープ入れるか」

そして、その上につるPOMがハープを重ねることになった。通奏的に流れてくるブルースハープの音は、「秋」という季節が持つ、切なさや寂しさを表現するのにピッタリの楽器だ。今はまだ春だけれど、今にも秋にもなってしまいそうな勢いだった。

そねさんとやよいさんは、さとみちゃんをカメルーン亭の屋根裏に呼び、そこでこうしてああしてと注文をつけて、いつの間にやらジャケット撮影に入っていた。ギターやカメラを抱えたさとみちゃんをそねさんややよいさんがパシャパシャとシャッターを切っていく。光が見えて、綺麗に映った。

うらやましくなってきたので、僕もCONTAXを持ってきて、一緒に撮影をすることにした
カメルーン亭にはこんな屋根裏があるなんて、その日初めて知ったのだった。


そんなわけで「秋模様」のメドがついたところで、録音は終わった。
さとみちゃんの音源の録音は、まだまだ続いていく。これからも。
2003年05月07日 00時02分14秒


秋模様のハープ 帰り道のピアノ 8
8.韋駄天

伊那最後の日の昼は、生駒で山賊焼き定食を食べながら、この何日間で撮った写真や音源やらをみんな思い思いに楽しんだ。そういや、僕は伊那に来るたびにこの生駒にきて、山賊焼き定食を食べているのだった。

そしてこの前この生駒に来た時は、まだ雪が普通に残っていて、みのるんがメキシコに行ったときの写真をまとめた本を、僕達に見せたのだった。その時の写真が僕の家の1ビットコンポの上に飾ってある。


かといって、というわけではないのだが、どうもこの店に来ると、妙に感傷に浸ってしまう悪いクセが僕にはある。ちょっと前にここへ来た時、「ドラえもん 第6巻」の最後を見て、思わず泣きそうになった。

「いやぁ、この『かえりみち』はすごいっ!!」

隣の席では、つるPOMが満面の笑みでかえりみちを聞いている。僕もそれを聴いてみて、確かにいいなと思った。


ぼびさんがダチョウの肉で作った「韋駄天丼」を食べている時、僕はMDでひとり「かえりみち」を聴きながら、どうしても伊那に来ると、ただいま、と言いたくなるのだ、と思った。

たぶんみんな同じ気持ちで、帰ってくるのだと思う。僕は伊那に住んだことすらないが、住んだことがある街以上に強い思い出を持っている


食事が終わったあと、カメ亭に戻って、僕らは手を振って別れた。そねさんはこれからもしばらく連休が続くので、実家に帰るため、僕達と一緒に車に乗った。当然、車にはカメラを何台かと三脚とレンズをつめこんだ。


伊那からのかえりみち、BGMはさとみちゃんの「秋模様」だった。
秋という名前に相応しい、メロディーラインと歌と歌詞とハープだった。
2003年05月07日 19時53分27秒