中編ノンフィクション小説 

正義のガーデンカフェ 不思議な魔力のコミュニティ


2002年12月に信州へ行った時の紀行文をまとめました。
お時間有る方のみお読みください。


正義のガーデンカフェ その1
あがたの森、という場所は、少し僕の中では思い出のある場所のひとつになっている。大学のサークル活動とか、松本深夜の録音会でよくあがたの森を使っていたこともあったし、何しろその建物自体のたたずまいが、古き良き時代を若い僕らにも十分に偲ばせてくれる力を持っている。

そんな場所でナワテ通りの路上音楽をやっている仲間たちが、松本グルービーの主催で「クリスマス準備ライブ」なる企画を計画しているという話を聞いたとき、実は僕はとてもそのライブに出演したい、と思った。

そんな折、たかしさんと白木屋で飲んでいる時に、あがたの森のライブでたかしさんのギターをサポートとして弾いてくれないかと依頼された。そのとき僕は発泡酒のジョッキを飲みながら、「いやあまったくしかたがないなあ」なんて顔を演出しつつも、かなり心の中ではあがたの森で多くのお客さんの前で自分の演奏ができることに、相当うれしい気持ちを感じ、快諾した。

落葉松祭のとき、たかしさんからサポートをしてほしいという曲が録音されたカセットテープとコード譜を手渡されて、実は僕はそのカセットテープを相当聞き、相当リフとか考えた。こっそり練習を重ねることを一部の間では「こそ練」と称するが、まさに僕はこの2週間ほど「こそ練」状態で、エレキギターとか弾いていた。えらいものを引き受けてしまった、と思うこともないではなかったが、なんとかいろいろとがんばってみた。

たかしさんの代表曲に「正義の味方」という曲がある。

「落書きが戦う教科書と あの頃信じた力と正義
 今はもう現実を知ってるけど 少しも疑っていないんだ」


この曲を聴いて、何回かエレキギターを弾いて練習してみたのだが(けっこうやった)、どうもしっくりするギターの演奏をすることができず、「この曲はキーボードでやってみてはいかがか?」なんて、仕事帰りの自転車に乗りながら考えることにして、実際に弾いてみたら、けっこうしっくりいくことがわかって、「正義の味方」はキーボードで演奏することにした。




当日。

ステージの上でベースを弾くネクタイ姿の岡野さんと、ギターを弾きながら高い声で歌うたかしさん、でキーボードを弾く僕。確かにいろいろと間違いをしたところもあったけれど、それでもこの「正義の味方」はとてもいい曲で、僕はそれを壊さずになんとか、最後まで弾きとおすことができたように思う。

知らない間に、松本に昼間頃から降り続いていた雨は、やがて雪に変わっていた。確かそんなクリスマスソングがあったよな、なんて友達と話していたら、みっけがMCで同じことを話した。

みっけに「いつものみち」という歌がある。伊那市の喫茶店「ポッケ」でよく会う小沢さんが平和琴で、この曲に切なさを加えた。平和琴のトレモロは、西口君の高くてさびしい声にうまく調和して、とても心に残る曲になった。この曲は僕も昔から何度か聴いた事があったけど、この日の「いつものみち」はいつもの「いつものみち」ではなかった。

YAMA−SHOWSの望月さん(通称もっちゃん)は、愛について歌った「或る男の一生」という曲とねたきりおばあちゃんに贈ったという「愛を込めて」という曲を演奏した。僕は「愛」なんて言葉を聴くと、薄ら寒いものしか感じない種類の人間なのだが、この曲を聴いたときばかりは、本当に本当にこれは愛について歌った歌だ、と思った。そしてこんなに「愛」について語ることの出来ることは本当にすごいことだ、と思った。

これは僕がいくら感情を言葉に置換して伝達しようとしても、絶対に伝わることのない性質のものなので、また機会があれば聞いてみてください。本当に素晴らしい歌です。究極にオススメします。

その証拠に、その曲が終わった後、ライブの会場にどよめきのようなものが走った。感動したのか泣いている人もけっこういたし、僕はギターと歌だけで、人にこれだけのものを伝えることのできる音楽に敬意を感じ、奏者に敬服し、その媒体を再評価し、僕もこうなりたいと願望した。

そーたとO君の2人によるデコボコ司会の末にライブはつつがなく終演し、僕たちはグルメドールにライブの打ち上げに向かったのだった。

そこでもいろいろな人と話せて良かった。僕がその時感じたのは、僕が松本で音楽をやっていることに対して、とても楽しく思えてくるのは、おそらく松本で音楽をやっている人について、次のようなことが言えるからではないか、と感じた。

1.音楽を楽しむことに対してポジティブであること
2.音楽を楽しむことに対してアクティブであること


プロを目指す人間、プロの人間以外であれば、とりあえずはこの2つさえしっかりしていれば、音楽を楽しむことは確実にできるのだと思う。趣味でやっているのだから、そんなことは誰でもやっているのではないかと思うのだが、実際はそうではなくて、簡単なように見えて、これは実はわりと難しい条件なのである。

そしてさらに言うなら、次の点も付加される。

3.音楽の独自性を評価すること
4.音楽の創造性を評価すること


音楽のみならず、何らかの表現手段を使って何かを誰かに伝達しようとするとき、この2点というのは絶対に必要になってくることである。もしこれを意識することがなく、表現活動をしようとする人は、表現するものがないのに表現しようとすることとなり、何も中身のないことを誰かにさらけ出すだけになってしまう。

個性を持って、おもしろいと思える何かを作ること。それが本当にみんな上手だと思う。そして、上手な人の中にもさらに上手な人はいるもので、僕はその中でいろんなこと感じたり得ることができたりするのだった。




(つづく)
2002年12月09日 01時40分36秒

正義のガーデンカフェ その2
2.3961さん

約5年くらい前、僕はよく松本のグルメドールへ行っては、サラダバーだけを注文し、友達と3時間くらい平気でくだらない話や嘘ともとれる話なんかを話し合った。そんな場所で、2002年の12月に、僕はまたやっぱりサラダバーと、そしてもうひとつアメリカンコーヒーを注文し、あの時とは全く違うメンツで、くだらない話や嘘ともとれる話なんかを話あった。

だけどその話はくだらないだけではなくて、僕にとっては新鮮な話もいろいろあった。

「3961さん、あずきパフェがありますよ
「えっ!それを注文すれば良かったっ!!」

今回のあがたの森クリスマス準備ライブにおける総合運営を担当した「3961さん」と書いて桜井さんは、どうやら恐ろしいほどのあずきファンとなっているらしい。この前の信大農学部における落葉松祭で初めてあずきライブを見て、感動していた3961さんは、最近では歌を歌うあずきのみならず、「あずき」というコトバに敏感に反応してしまうほどの「あずきニスト」なのだ、と自称していた。

「この前は特急のあずさにすら反応してしまいましてね。あれはさすがに自分でも驚きました」

と言いながら目を細めて笑う3961さんを、これからの人生をちゃんと進んでいけるかどうか僕は少し心配になったが、よくよく話を聞くと、実は仕事では公害防止管理者(水質)の資格をもっていて、僕の仕事とすごく重複するところもあるようで、なかなかすごい人だ、と思った。

3961さんに松本深夜のCDを渡していたので、感想を聞こうと思い、尋ねた。

「そうですね。この前もらいましたよね」
「ええ。落葉松祭の時に渡しました」
「あれ、まだ聴いてません」
「え?」
あずきばっかり聴いちゃって・・松本深夜を聴いてません

唖然としながらなんという人だ、とか思った。すかさず、そーたが

「松本深夜の『写真家』っていう曲はあずきのやよいさんがコーラスしてますよ
「ええっ!!」
「あと『夢桜』っていう曲はやよいさんがボーカルで、みのるんがコーラスやってます」
「なんとっ!!」
「聴きます?」
「あずきの声を持っていながら聴いていないとはなんたる不覚・・」
「松本深夜も聴いてくださいね」
とりあえずその2曲を聴きます

なんていいながら、さらに目を細めて笑った。 

そんな3961さんは、今月末のポッケの松本深夜・あずきを聴きに来てくれるらしい。松本深夜が演奏しているときに、松本深夜を見ずに、松本深夜の演奏を聴くあずきの姿を見ている可能性があるので、ステージの上から逐一チェックしていよう、と固く誓ったのだった。




(つづく)
2002年12月10日 00時11分46秒

正義のガーデンカフェ その3
3.雷雲

ちなみに僕はカミナリグモの音楽がすごいと思っている。普通に商業ルートの音楽と比較しても何の遜色もなく、さらに言えば普通の商業ルートで買ったとしても、それはそれで何の損もない音楽である。しかもその評価は、もちろん僕だけではなくて、僕の周りの人たちのだいたいの共通認識となっているあたりもすごい。この辺のことがわからない人は、このHPのリンクのページに行って、カミナリグモのHPに行って試聴してくるといい。絶対に何を言いたいかがわかる。

そんなカミナリグモのフロントマン啓示くんも、今回のあがたの森ライブを見に来てくれたのだった。

ブエナビスタのバイトが遅れまして、ハッピーハミングさんからしか見られなかったんです」

と啓示くんはスタイリッシュな姿勢で言いながら、残念そうな顔をした。僕としては、自分を偽るわけではないが、僕の稚拙な演奏を啓示先生に聴かせることができなくて、本当に助かった(まあ、聴こうが聴こまいが啓示くんにとっては何の影響もないのだが)。

まあでもヘンな緊張はせずに済んだのは、正直に言うと残念ながら事実だ。

しかし、今回で啓示くんと会うのは2回目だったのだが、とても2回目だとは思えなかったのと同時に、しかもなんというか一緒にサラダを食っていることが、どうも不思議な感じがしてならないのだった。なんというか、テレビの中や、ラジオの中の有名な人が、実際に僕の横にいる感じ?(ちなみに、横にいたYAMA-SHOWSや後述の松山三四郎は実際に「ラジオの中の人」なのだが・・・)

いろいろ質問したいことがあって、考えてはいたのだけれど、実際に聞けたものもあれば聞けなかったものもあった。


Q.アルバム「コクピット」は本当に自宅で作ったのか?
A.本当に自宅で作った。

Q.どこまで打ち込みで、どこまで演奏か?
A.ギターと歌以外は全部打ち込み。Kクオークを使っている。

Q.「コクピット」の製作時間は?
A.2年くらい。

Q.いつからギターを始めたのか?
A.中学生の頃から。その前にクラシックピアノをやっており、ギターはクラシックギターから入った。

Q.どうしてカミナリグモというバンド名なのか?
A.高校生のとき、自転車で淡路島を旅をしていた頃、前方に入道雲が見えた。それがとてもいい形で、「入道雲」をバンド名にしようと思った。今は日本語にこだわるが、その頃は英語のバンド名でもいいと思っていたので、「入道雲」を英語で何というか調べた。「thunder cloud」。ここから「雷雲」にしようと思った。(この答えを本人から聞いてからラジオのインタビューを聞くのはおもしろかった)

Q.なぜカタカナなのか?
A.最初は普通に漢字で「雷雲」だった。「コクピット」のジャケットを作るときに、「コクピット/雷雲」とすると、どうも語呂としてしっくり来ないような気がした。それでカタカナに変えてみたら、割としっくりきたので、「カミナリグモ」と表記することにした。あと、雷雲では無理だが、カミナリグモだと、インターネットの検索エンジンでヒットできるのも、一つの理由。

Q.「コクピット」のジャケットはどうやって?
A.知り合いのデザイナーと相談して決めた。水彩画のように見えるが、あれは写真の合成で作っている。背面は「まるで鏡」をイメージしている。歌詞カードの中の絵は自分で描いた。


キリがないのでこのへんでやめておくが、とにかくグルメドールの一画で、僕なんかが話を聞いている話にしては、ちょっと面白すぎる内容の話だった。それからも、カナダのアマチュア音楽のレベルは高いとか、それはオリジナルというものを意識しながら楽曲の作品力があるからだとか、信州大学周辺にはお酒が飲めるところが少ないからぜひ生協とかでライブのできるバーを経営してほしいとか、夢のような話が降っては沸いた。

隣で話を聞いていた三重在住のBやんも、この話はいちばん面白かったようで、次の日、松本駅前の松本グルービーで、カミナリグモの「コクピット」を買ってきたようだ。僕らは三重に帰っていく高速道路の途中で「煙突」やFM長野で放送されたカミナリグモのアコースティックライブを聴きながら、鳥肌を立てた。

ひとつ感心したところは、啓示くんは、本当に前の方が見えて行動している、ということだった。例えば音楽のプロになりたい人はわりと多くいるだろう。音楽じゃなくても、この表現畑で食っていきたいと思う人はたくさんいる。だけど問題は、思うだけか、それともそれに伴う実行をするかどうか、ということなのだ、ということがよくわかった。

僕は、プロを目指すのなら、大学の卒業までがひとつの区切りになるんじゃないか、っていう話をしたら、そうだと同意された。そのためにコクピットを作ったのだし、卒業まで少しの時間を残した状態で、挑戦できる武器としての作品を持った状態で、今を迎えているのだ。本当にプロになれるかどうかは僕にはわからないけれど、たとえその挑戦が失敗したとしても、やることはやったという実感は確かに残ると思う。



ちなみに啓示君が好きな松本深夜の曲は「リベロ」なんだそうだ。
恐縮です。本当にどうもありがとう。




(つづく)
2002年12月10日 00時59分29秒

正義のガーデンカフェ その4
4.白木


岡野さんは酒が好きで、超眠くて寒い僕たち(たかしさん、そーた、べーやん、そんで俺)を連れて、向かう先はやっぱり松本駅前の某居酒屋のSなのだった。グルメドールで相当熱のこもった話を展開してきた後だったので、この時点ですでに午前3時をまわっていた。

僕は今日の「あがたの森クリスマス準備ライブ」の反省会をしたかったので、もちかけてみるとやっぱりいろいろ出た。

ちなみにたかしさんの歌った歌を列記しておく。

1.あの人に
2.正義の味方
3.シアター
4.晩秋


たかしさんの歌を引き立てるためにはサポートというのは身分をわきまえなければならないのが常であり、道徳なのだが、今回はちょっとわきまえすぎてMCとかにゼンゼン参加しなかったのはよくなかった、とハッピーハミングのライブを見て感じた

ハッピーハミングはもちろん音楽はしっかり練習してやってきていたし、全体のライブの構成としてもギターを弾きながら何かを話してみたり、曲の途中にメンバー紹介を入れてみたり、いろいろと「練った痕跡」が見ることができて、ああこれはやっておくべきだったな、と思った。

あと、ベースはアコースティックベースもいいが、アコベの音はやっぱりちょいと力不足じゃないか、という結論になった、世の人々の中でも「ベースはアコースティックベースしか持っていません」っていうマニアックな人はほとんどいないと思うが、僕は残念ながらまさにそのほとんどいない中の一人であるので、なんとかエレキベースが安いのでいいから欲しいなあ、と思った。

音楽的にここを間違えたとか、ここはこうアレンジした方がよかった、とかいうことは、僕自身もライブ音源聴いていないので、ちゃんとしたことは言えない。自分では間違っていなかった、と思っていてもそれは記憶の自己修正の結果かもしれないし、実はとんでもない音とかを無意識的に出してしまっていたかもしれない。


そして、何より残念だったのは「ラブソング」という曲を割と練習していたのに、それを時間の都合でカットしなければならなかったこと。ライブにはつきもののハプニングなのだが、せっかくこれは練習したので、それを無駄にさせないためにもぜひ録音したいね、ということになった。もしよかったら、「正義の味方」や「シアター」だって録音してみたい。その時はまたご用命してください。今度も高くつくよん(嘘)。


軟骨唐揚げやたこわさびなどいつもおいしい酒のさかながテーブルを彩っていたのだが、そのうちべーやんが眠りながら目をつぶってカクテルを飲むようになってきたので、さすがに眠るか明日もあるし、ということに誰からともなくなり、それぞれが2000円を支払って店を出た。店を出ると、雪こそ降ってはいなかったが、12月の信州にしては底冷えが厳しく、三重在住のべーやんはあったかそうなジャンバーを着ていながらも、寒い寒いを連発していた。


宿泊所となる岡野邸に到着。みんなが川の4本バージョンみたいな形になって眠ることになった。電気を消したまっくらの中で天井を眺めていると、どうしても修学旅行みたいな気分になって、なんか眠いのに眠りたくないような、そして妙に饒舌になるような気がして、僕は最高におもしろい一日の終わりだ、と思った。


松本に夜明けが来た。僕は黒い色の妙な夢を見て、起きた。


次の日、朝起きると、たかしさんの姿が忽然と消えていた。ふとんは折りたたまれている。どうやら、僕たちが起きる前に帰っていってしまったらしい。

眠気まなこで辺りを見渡すと、ふとんのすぐ横にある僕の犬印鞄の中に、たかしさんの「クリスマス準備ライブ記念CD」が置かれていた。たかしさんがジャケットのイラストを書いているもので、ライブで歌った歌が2曲「晩秋」と「あの人に」が収録されている。



「たかしサンタ」がCDを置いていったんだ、と僕らは言い合った。




(つづく)
2002年12月10日 01時38分36秒


正義のガーデンカフェ その5
5.カメ亭




昼頃から松本駅前に行って、信州そばを食べ、新星堂というレコード屋に行って松山三四郎のインストアライブを聴き、あそこはおもしろかった、あそこはよかった、芸人みたいだった、などとやんや言い合った。

そこから伊那に行くために岡野さんとは別れ、べーやんと車の中でカミナリグモを聴いた。途中セブンイレブンによって、缶コーヒーを買った。そのうち、峠に入ったところで本格的な雪になってきて、スタッドレスタイヤの車に乗ってきてよかった、と思った。

伊那に着いて、僕らはまずカメ亭に行った。カメ亭には誰もいなくてシーンとしていたが、猫と豆炭こたつだけはあったかかった。べーやんにアサヒカメラを見せて、猫とこたつであったまり、何気ない会話とかをしていたら、そのうちつるぽんが仕事から帰ってきた。

つるぽんはあいさつもそこそこに、すごく自然な流れでやっぱりおもむろに編み物を始めたのだが、まあせっかくだし谷姉さんの経営しているガーデンカフェにでも行ってみようか、という話になった。来来週に泊めさせてもらう予定の「栞」というログハウス風の美容院にお願いに行った後(とてもいい感じの家だった)、アクセス沿いの喫茶店「ガーデンカフェ」へ。

「ああ、でもこの前行った時、谷姉さんに『4人以上で来たら殺す』って言われたんだよぉ」

とつるぽんが嘆いていたので、僕はちょっと心配になっていたのだが、店内に入ると、4人以上のお客さんなんかもいて、割と予想以上に和やかなムード。そして、なぜかそこには、東京在住のすけさんとN井がいた。

「なにやっとんの」
「いや、ちょっとサッカーを

どうやらN井は、サッカーをしにわざわざ東京から伊那まで来たのだそうだ。別に待ち合わせなんてしなくても、喫茶店に行けばいろんな人に会えてしまうことあたりが、伊那の狭いところでもあり、素晴らしいところだ。

来年からの話やら、最近の話やらをしたあとで、すけさんとN井たちは、やがて帰っていってしまった。谷姉さんは「もう来ないでくれ」なんて笑いながらいっていた。それでもみんなガーデンカフェにまたやってくるのだろうと思う。都内ナンバーの車にみんな乗り込んで、アクセス道路を北上していった。そのままインターにでも向かうのだろうな。寂しいな。


4人以上で入店した僕らであったが、谷姉さんはご機嫌で、おいしい珈琲をつくってくれた。僕は谷姉さんと直接の面識はなくて、ガーデンカフェのうわさを人づてに聞いていたことと、落葉松祭の時にレゲエバンドベイラーズのキーボードを弾いていたことを知っているだけだったが、そんなことはおかまいなしに、いろいろ気さくに和やかに穏やかに話すことが出来る雰囲気が、そこにはあった。

谷姉さんは松本深夜の名前も知ってくれていた。本当に僕は音楽やっていてよかったと思っている。だって、音楽やっていなかったら、こんなに素敵な出会いがひょっとしたらなかったかもしれないのだから。



はっしー君の陶芸展を見ていた。実は僕とべーやんとはっしー君は、同じ高校の出身なのだ

そうしたら、はっしー君が待っていたかのようにやってきた。奇遇なこともあるものなのだ。



(つづく)
2002年12月11日 01時08分37秒

正義のガーデンカフェ その6
6.カレーをシェア

はっしー展の陶器について、いろいろ作者自身に説明してもらった後、いろいろ色合いを見たり形を見たり、その値段を見たりして、ガーデンカフェに据え付けてあるはっしーノートにその感想を書いた。せっかく喫茶店なんだから、コーヒーカップを常時おいておいて、希望する人にはそのカップでコーヒーを飲めるようなサービスがあればいいんじゃないか、と提案しておいた。

べーやんもハーモニカを上手く吹くのだが、つるぽんのハーモニカとは全く種類の違うものなので、つるぽんのハーモニカを聴いておいてほしい、と思い、自前のブルースハープを持ってきて、吹いてもらった。さすがつるぽん、ベンドつかいまくりのまさに「ブルース」ハープを聴かせてくれた

そのうち、べーやんがボイスパーカッションでリズムをつけて、僕がそこにあった中古で1000円、というピアニカ(ピアニカは正式名称は鍵盤ハーモニカというのだ)を弾き、店内で合奏してみた。まさに適当なセッションなのだが、これは何たる楽しいことか!ガーデンカフェに簡単で即興のブルースが生まれた

ちなみに谷姉さんは鍵盤マニアなのだ、という。実はそれを聞いて、非常にそのマニアが集めた鍵盤を見たくなってしまった(とここに書いて静かなるアピールをしておいたりして)。


雪が降ってきた。昨日からやけに降ったり止んだりを繰り返す天気で、大きな窓から外のアクセス道路を眺めていたら、少し車もゆっくり注意深く走っているように見えた。

ドアが開いた。のりピーがやってきた。のりピーは夏につるぽんやそーたと、銀河鉄道の夜の演劇を、主役のジョバンニ役として一緒に演じたのだが、今までずっと恥ずかしながら「のりピー」と呼んでいたので、彼女の姓が「田中」であることは、その日初めて知った。

4人で話すうち、べーやんがマジックショーをすることになった。隣のテーブルに座っていた、一応面識のないお客さんまで一緒に巻き込んで、店内の音楽も消し、一つの白いテーブルの上でマジックが始まった。

「マジックには二つの種類があるんです。ひとつは道具の中に何らかの仕掛けがあるもの。もうひとつはテクニックで見せるものです

「たとえば、トランプの手品はほとんどテクニックです」

大学の先生に教えてもらった、というべーやんのマジックは連続的に続き、それはそこにいるみんなに本当に相当ウケた。マジックというのは今まで盲点だったけれど、人の注目を集めるという点では、音楽に匹敵するかそれ以上に優れた表現方法のような気がする。

そんなわけで、やがてだんだんと、窓の外も暗くなっていき、6時を過ぎた。そろそろ帰る時間が迫ってきた。僕らは谷姉さんにカレーとサラダを頼んで、それを食べながら、伊那のよさ、面白さについて語り合った。


結局、何がおもしろいか、というと、それぞれの人がそれぞれに何かおもしろいものを見つけ、それを伸ばして、何らかのモノにしている、というところなのだ、と説明した。そして、それは本当にそうだと思うし、それを本当だとすれば、それはまさに奇跡的に素晴らしいことだ、と僕は思う。

これがおそらく人をひきつけてやまない伊那の魔力だ。



(つづく)
2002年12月12日 00時20分56秒


正義のガーデンカフェ その7
7.一時雪


伊那から三重へ帰る高速道路を走る間、我々はカミナリグモとT&Tをずっと聴いていた。どちらの音楽もセンスのいいオリジナリティがあって、聴いていてとてもおもしろい。特にべーやんはカミナリグモの「また一つづつ」とT&Tの「鳥のイメージ」がお気に入りのようだった。

ちなみに僕はというと、カミナリグモの「一時雨」と、とT&Tの「百メートルの観光」の「ドラマのような生活だとか恋愛だとかを夢見ていたよ」っていう歌いだしのところがが良いと思う。


南に下るにつれて、やがて寒さも和らいできた。長いトンネルを抜けると、雪は降っていなかった。トンネルを抜ければ、次の街に着き、違う風が吹きぬけ、明日へまた近づいてゆく。


すごくよくできた映画を見ているとき、その合間に出てくるCMに対して、妙な違和感を感じることがある。いつもならば見慣れているそのCMなのに、少し視点をずらすととてもそれは非日常的な空間であることに気付く。そして、その非日常的と感じる感覚こそが、実はおそらく真実なのだということがようやくわかってくる。

CMというのはどうしようもなく飾られた世界である。それは目的自体が飾ることにある性質のモノだからだ。飾るということは、嘘をつくということか、誇張するということである。

最近の僕は、すごく現実的ではあるにしろ、飾ることが多かったり、嘘をつくことが多かったり、誇張することが多い生活を過ごしてきた。おそらくそれは、そうせざるを得ない周囲があったことも真実であるのだけれど、また僕自身がやっぱり大人になって、少し擦れてきてしまった部分もあるとは思う。

それはそれで仕方がないことだ、とも思うけれど、やっぱりそれだけでは生活はやがてつまらないものになるのは確実だ。いつまでも悟りきることなく、夢のある、希望のある、愛のある、くだらない生活を営んでいきたいと願う。だからこそ、この週末に感じることができたような宝石のような感覚を、いつまでも忘れずにいたい。


帰りの車中でこんな風にべーやんに言われた。

「帰れる場所がこんなにもいいところでいいですね」


確かにそうだと思う。ただ、僕の帰る場所は別にここだけではないべきなのであって、今僕に求められていることは、もっと他に帰る場所を作るべきだ、いうことなのだ、と思った。僕の身近な場所にも、こんな不思議な魔力のあるコミュニティがあったら、それは最高に素敵なことなんじゃないか?

伊那は僕にとっては、すごくよくできた映画のようなものだ。そして、今回の伊那行きで、そう考えるのが僕だけじゃないことが、とてもよくわかった。そんなわけで、べーやんを伊那に連れて行ってよかったと思う。


高速道路を降りて、べーやんを自宅まで送り届け、迷った挙句、最後のBGMを松本深夜に変えた。
伊那という名の谷間の街は、今回もまた僕の心にいろんな感情を残して、また雪を積らせた。



(おわり)
2002年12月15日 17時55分47秒

(松本深夜モリ作) 



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